ショパンの指先
母はショパンの曲が一番好きだったから、ショパンコンクールには強い憧れがあったらしく、「いつかショパンコンクールに出場して、ママをポーランドに連れて行ってね」と言われても、俺は横を向いて母の言葉を無視したものだ。
小学校高学年になる頃には、俺はだんだん笑わなくなり、遊べないので当然友達も減っていった。でも、ピアノはいつも一番上手かったので、妙な自信があって口も悪くなっていった。それでも女子には人気があった。それが俺をますます調子に乗らせた。
この頃から両親の仲は最悪なものになっていた。父と母は顔を合わせても会話さえしない。父は、母が高額の月謝を払って俺にピアノを続けさせようとするのが気に食わなかったらしい。二人はいつもそれで口論していた。父に相手をされなくなった母は、今まで以上に俺一心に愛情を傾け、俺のピアノの才能を信じて疑わなかった。
「私は洵を立派なピアニストに育てるために生まれてきたのかもしれないわ」と嬉しそうに言いだす始末だった。
俺は、自分にピアノの才能さえなければ両親の仲が悪くなることなんてなかったのではないかと夜毎ベッドの中で思った。本気で、どうして俺にピアノの才能を与えたと神を恨んだことさえあった。
中学に入学するタイミングで、両親は離婚した。性格の不一致だと言っていたけれど、俺のせいで離婚したと思っていた。ピアノなんて大嫌いになった。
母は俺を連れて実家に戻り、俺を祖父母に預けて一日中働いていた。専業主婦をしていたのに、朝から夜遅くまで働くのは随分辛かったと思う。母はわざと残業が多い職場に就職して、少しでも多くの給料をもらえるように、身を粉にして働いていた。俺に、ピアノを続けさせるためだ。
講師のレベルを下げようと何度も言ったのに、母は頑なに拒否した。「一流のピアニストを育てるには、一流の講師が必要なのよ」というのが母の口癖だった。
小学校高学年になる頃には、俺はだんだん笑わなくなり、遊べないので当然友達も減っていった。でも、ピアノはいつも一番上手かったので、妙な自信があって口も悪くなっていった。それでも女子には人気があった。それが俺をますます調子に乗らせた。
この頃から両親の仲は最悪なものになっていた。父と母は顔を合わせても会話さえしない。父は、母が高額の月謝を払って俺にピアノを続けさせようとするのが気に食わなかったらしい。二人はいつもそれで口論していた。父に相手をされなくなった母は、今まで以上に俺一心に愛情を傾け、俺のピアノの才能を信じて疑わなかった。
「私は洵を立派なピアニストに育てるために生まれてきたのかもしれないわ」と嬉しそうに言いだす始末だった。
俺は、自分にピアノの才能さえなければ両親の仲が悪くなることなんてなかったのではないかと夜毎ベッドの中で思った。本気で、どうして俺にピアノの才能を与えたと神を恨んだことさえあった。
中学に入学するタイミングで、両親は離婚した。性格の不一致だと言っていたけれど、俺のせいで離婚したと思っていた。ピアノなんて大嫌いになった。
母は俺を連れて実家に戻り、俺を祖父母に預けて一日中働いていた。専業主婦をしていたのに、朝から夜遅くまで働くのは随分辛かったと思う。母はわざと残業が多い職場に就職して、少しでも多くの給料をもらえるように、身を粉にして働いていた。俺に、ピアノを続けさせるためだ。
講師のレベルを下げようと何度も言ったのに、母は頑なに拒否した。「一流のピアニストを育てるには、一流の講師が必要なのよ」というのが母の口癖だった。