ショパンの指先
「杏樹は自信家のくせに、こと絵に関しては、私は才能がないとか、絵で食べていける日が来ることは一生来ないと思うとか言うけど……」

「だって本当のことだもの。私は人に教えられるような柄じゃないし、絵を売って食べていけるほどの才能はないわ。どう贔屓目に見たって私の絵を高い金を出して買おうなんて思う人がいるとは思えない」

「私は、絵の世界のことなんてサッパリ分からないし、芸術なんて眠くなるだけと思っているような人間だから、説得力ないかもしれないけど、将来のことなんて誰にも分からないでしょ。杏樹は才能ないって思っているだけで、本当はあるのかもしれないし、ないと思っていた才能が、突然開花することだってあるかもしれない。それに人生は運よ。大きな運を掴むかもしれないじゃない。誰にも未来は分からないのだから、夢を見たっていいと思うわ」

「でも自分の実力を客観的に見つめることは芸術家には大事なことよ。大丈夫、私は一生絵を描いていこうと思っているから。お金にならなくても、自己満足でも、私は私の絵が好きだから」

「私もあんたの絵好きよ」

「ありがとう、それで十分」

「まあいいわ! 私が杏樹の未来を夢見るから。だって未来は誰にも分からないからね。絶対なんて言いきることはできないでしょ」
「好きにしたら? 可能性薄いけど」

「好きにするわ。だって私の夢だもの」

 他人が成功することをサラっと自分の夢だと言ってしまえる優馬に、私はとても驚いた。人間はいつだって利己的な存在だと思っていた私は衝撃を受けた。私の周りにはエゴの塊のような人しかいなかったから、感動よりもまず先に驚いた。

 アマービレで働いている人達は皆いい人達ばかりだ。だから私もいい人になりたいと思うけれど、思春期も終わりパーソナリティも出来上がり、この歳になるとなかなか性格を変えることは難しい。優馬がキラキラ輝いて見える。私もいつか優馬のように、懐が深くて周りから慕われて、人の幸せを自分の夢だと言えるような、そんな人間になりたい。
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