Phantom

「もう十分、不幸だよ」


 だからその手を離してほしい。放っておいてほしい。あなただって、傷ついているはずでしょう。

 目を固く瞑る。あんなに眠かったはずなのに、なんだか余計なことを考えてしまって眠れそうにない。


「詠、あたしの鞄とって。薬が入ってる」

「結局、飲むのか?」

「喋ってたら眠れなくなった」


 睡眠薬は星の欠片なんだよって、零が教えてくれた。あのとき零が噛み潰した欠片の感触は、星空を彷彿とさせた。だけどいつからだろう。大切な星の欠片は、日常生活を滞りなく進めるための道具に成り下がった。


「薬、こんなに貰ったの?」

「細々と病院行くのが面倒だから、適当に嘘ついて1ヶ月分貰った」

「ふうん、」


 手渡された錠剤はただの錠剤だった。2錠口に入れると、詠がペットボトルの水を渡してくる。もちろん今日も、キャップを外した状態で。


「おやすみ」


 頭のなかを流れる泥のような言葉たちは、薬が効き始める30分後にはきっと、ぼやけて、境目が曖昧になってくる。それまでの辛抱だ。

 ペットボトルを冷蔵庫に仕舞う音が聞こえる。彼は今日も、あたしが死なないことだけを確認する。



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