Phantom
零と恋人同士になる前、あたしはつまらない人間だった。
つまらない人間だったから、みんなと同じように生きて、みんなと同じようなものを好きになった。ミーハーだし、面倒なことはきらいだし、流行りに乗ってすぐに意見をコロコロ変える、どうしようもない女の子だ。
それはおそらく恋愛においてもそうだった。あたしは入学した高校で、鬱陶しいくらいの輝きを放っていた今在詠に、密かに想いを寄せていた。
別に、よくある話だ。話したことのない人に対して憧れを抱くことって、別に変なことじゃない。あたしはただ、今在詠の光に魅せられた大多数のうちの一人だっただけ。
廊下ですれ違えばささやかに視線を送って、彼が誰かと付き合ったという噂を聞けばすこし寂しくなった。逆に、彼が恋人と別れたという噂を聞けば、まったく接点がないくせに嬉しくなったりする。
そんな、愚かでどうしようもない恋慕と、それでもなんとかして彼に近づく方法はないかという模索の狭間で、あたしは一つ、最低で最悪な方法に走った。
「夢見さん、今日も来たの?」
「うん、来ちゃった」
「今日は、どうしたの?」
今在詠に比べれば比較的落ち着いていて、しずかに陰で活字を喰らう今在零に目をつけて、あたしは彼に近づいた。
ひとつは、今在詠に近づく手段を得るため。もうひとつは、彼がたまに醸し出す今在詠の面影を抱きしめるためだ。ね、どうしようもないでしょ。