Phantom
「なに? ほんっと、最低」
「マジで黙って」
組み敷かれたあたしは状況を全然理解できなかった。頭の上にまとめ上げられた両手首は、さっき詠にベランダから引き戻されたときに捻ったところが痛くて動かせそうにない。
どうせ抵抗したって無駄なのだろうと、心のどこかでわかっていた。詠はいつも、大事なところであたしの邪魔をする。
「詠だって、現実見なよ。こんなことして、何になると思ってんの?」
「……聞けよ、話」
虚ろな視線が注がれる。彼の両眼に閉じ込められて息ができない。
いつもより近くなる距離に、今在零を感じた。ずくり、子宮の奥が、あのときと同じ愚かさを纏った。嫌だ、そんなの嫌だ。どうしてあたしはこうも、己の欲望に忠実なのか。
「どうしても埋まらないんだ。あいつとの差が」
腹部に感じる詠の体重は、生きているもののそれだった。彼はあたしの両腕を片手でベッドに強く押しつけたまま、空いた方の手で上半身をなぞる。
思わぬ刺激に身体がのけぞりそうになる。だって、手つきも、匂いも、表情も、ぜんぶが零の生き写しだったから。
「ずるいよ。おれはどうしたって、おまえの一番にも、はじめてにもなれない」
「そ、んなっ、」
「もしおれがここで死んだって、零の二番煎じで、おれはあの光景を塗り替えてやれない」
零が生きている感覚がした。薄暗い部屋の中で、零に似た男が彼とまったく同じ手つきであたしの身体をまさぐっている。
目の前の欲望に絆されるという、高校時代から変わらぬ愚かさに辟易とする。あたしは双子の遺伝子に魅せられた、どうしようもない女だ。