Phantom
陰鬱に遊び戯れ
あまりに大きすぎる悦楽と罪悪感を手中に抱いた夜は、いつの間にか消えてなくなっていた。
朝目が覚めて隣を見ると、睡はすでに帰っていた。胸の痛みはたぶん、ファントムペインじゃない。おれはおれの痛みを実存として受け入れた。
彼女がおれに何も言わずに帰ったのは、当たり前といえば当たり前の話だ。諦めを含んだ行為への合意は、たぶん本心じゃなかった。
おれと身体を重ねることなんて、彼女はぜんぜん望んでいなかったはずだ。むしろ、零の亡霊を想起させるおれとの行為なんて、虫唾が走るに決まっている。
なのに彼女の身体はきちんと反応していた。おれの身体も、きちんと反応した。生者のおれたちは死者を悼みながら身体を交えた。ひどく醜くて、ひどく人間的で、ひどく最悪で、ひどく最高の気分だった。
どうしたって昨晩のことを思い出してしまう。目を瞑って何かを思い出す睡にありったけの欲をぶつけても、まったく満たされなかった。それなのに白濁だけはきちんと放出されて、自分の醜さに死にたくなった。
シーツに寄った皺だけが彼女の存在を匂わせている。そういえば、行為のあと、彼女に睡眠薬を渡すのを忘れてしまった。彼女はうまく眠れず、始発が動き出す頃に帰ったのかもしれない。
ああ、おれ、最悪だ。彼女を眠らせてあげられなかった。
もっと最悪なのは、彼女の健康を心配する気持ちよりも、彼女に睡眠薬を飲ませていれば、今頃隣で睡が眠っていたかもしれなかったのに、という後悔の方が強いことだ。
〈昨日はごめん〉
そこまでをメッセージアプリに打ち込んだ。もちろん、睡に送るためだ。だが、送信できなかった。
メッセージを、〈見たら連絡して〉に変えてみたが、なんだかどうしてもしっくり来なかった。
いろいろと文面を弄ってみたが、最適解は結局見つからず、おれはスマホを放り投げた。どうせ、家で眠っているはずだ。彼女だって、おれからの連絡なんて最初から欲してないはず。