Phantom


 その後大学に行ったが、やる気もなければ誰かと話す気も起きなかった。講義中は一番後ろの席で、ずっと睡へのメッセージの文面を考えていた。

 薬を飲み、家で眠っているのだろう、とは思うけれど、昨日あんなことがあった後で、睡はおれに連絡をくれるだろうか。そもそも、どんなことを送ったら良いのだろうか。 

 無理やり抱いてごめんっていう、謝罪? それとも普通に、「生きてる?」と聞けばよいのか。わからないから、ずっとスマホの画面を点けたり消したりと、意味のない動作を繰り返した。



 結局、睡にメッセージを送れぬまま時間だけが経過した。授業が終わって、誰にも会わぬようキャンパスを出て、歩き、大学の最寄駅に着いて電車が来るまでに少し時間があったからベンチに座る。おれはそこでもスマホの画面を凝視していたが、模範解答を導き出せぬまま、徐々に冷たくなり始めた秋風に打たれていた。

 そんなとき、目の前に人の影が落ちる。


「詠じゃん、おつかれ」


 聞き馴染んだ声に顔を上げると、秋らしい落ち着いたデザインのシャツを着た男が立っている。彼は大学からの友人だ。とりあえず顔を上げて、彼に挨拶をする。


「おつかれ」

「うん、隣座っていい?」


 こちらが返事をする前に何食わぬ顔で隣の空いたベンチに腰掛ける彼は、生粋の人たらしだ。なんとなく波長が合うから、すれ違えば挨拶のついでに世間話をするくらいの関係性である。


「なあ、(ひじり)。今日、大学に睡来てた?」


 隣の彼になんとなく尋ねてみる。彼は、睡と同じゼミに所属していたはずだから。

 聖はスマホで誰かにメッセージを打ちながら、んー、と相槌を打った。こいつはきっと、誰かへの返信に時間をかけずとも、瞬時に模範回答を導けるタイプの人間だと思う。今だけは、そんな彼が羨ましかった。



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