Phantom
確かに握っていたはずのものが幻となって消えたとき、その感触を思い出しては虚しくなり、手をひらいたり結んだりして、戻らない事実を幾度となく理解すると、最終的には死にたくなる。
彼女が零を追いかけ続けるのは、そういう理由だったのかもしれないと、今なら理解できる。
震える手で119番に通報したとき、やる気のなさそうな「火事ですか、救急ですか」の声にげんなりとした。毎日起こる数多くの事件・事故のなかに、睡が埋もれていく感覚が気持ち悪くて、吐き気がした。
「友人の家に来たら、彼女が倒れてるんです。睡眠薬を過剰に摂取したみたいで」
あやふやな意識のなか、きちんとここの場所を伝えられたかどうかは定かじゃない。気がついたら、通話が切れていた。数分前、自分が電話口で言った言葉を思い出せない。ずっと、心が睡に向いていたからだ。
「睡、おいていかないで」
これはあの日、睡が零に放った言葉だ。役割は入れ替わり、今度は、おれが彼女を追いかける番だ。
ほんとうに、みっともない。彼女を大切にしてやれなかったのは、紛れもなくおれだったのに。全部、おれのせいなのに。
「おれのこと、零の代わりにしていいから、今度こそ、やさしくするから、だから、いかないで」
醜くも彼女に縋り付くおれを、零はどう思うのだろうか。じっとりとした、睡によく似た視線をこちらに向けながら、軽蔑と呆れを含めた表情で、うっすらと笑っているのだろうか。
零。死してもなお、お前はおれたちを呪うんだね。