Phantom
部屋に救急隊が到着したときの誘導とか、救急車の付き添いとか、問診の対応とか、睡の両親への連絡なんかは、できるだけ心を殺して、淡々と対応したつもりだった。
けれどひとしきりの対応を終えて、気怠げな様子の医者から、「落ち着いてください」と嗜められたとき、自分の手が震えているのに気が付いた。
「……彼女、大丈夫なんですか」
「脱水症状がひどいので、今は点滴を打っています。このまま様子を見てみないと、なんとも言えません」
医者は責任を逃れる物言いが得意だな、と思った。言い方を鑑みるに、彼女はそこそこ危ない状態にあるらしい。ただ、零のときとは違って、睡は医療行為を受けているみたいだ。
ならば、まだ彼女は生きている? そうだとすれば、望みはあるのだろうか。
皮肉な話だ。みんな彼女に生きていてほしいけれど、彼女だけが死に急いでいる。睡にとって、死ぬことは眠ることと変わらない、いや、それ以上に崇高なことなのに、誰もそれに共感できない。
入院に必要な手続きを、言われるがままにあれよあれよと進めた。ほんとうは保護者や親族が手続きを進めるのがスムーズらしいが、おれと彼女の実家は遠方にある。電話越しに彼女の両親から、種々の手続きの代行を直々に頼まれたとき、彼女の面倒を見れる権利を獲得したことに愚かしくも喜ぶ自分がいた。
一通りの手続きを終えて夜になっても、彼女は目を覚まさなかった。彼女のことが気がかりだったが、その日は帰宅するように促された。
たったひとりきりの夜、彼女を生かすために歩くおれの汚さを、零だけが嗤っているのだとおもう。悔しいよ、ほんとうに。