Phantom
明日、睡の入院に必要な荷物を持ってくるように病院から指示されたので、おれはその後、忘れないうちに彼女の家に寄ることにした。
家主が消えかかったアパートの一室は、当たり前だが、しんと静まりかえっていた。
その辺に落ちていた、大きめの紙袋を拾い上げる。忘れる前に荷物の整理をしようと思い、部屋のクローゼットを開けた。
彼女の着替えや下着を触ることに、罪悪感とか申し訳なさがないといえば嘘になる。だけどおれは感情を押し込め、単純作業をする機械として、淡々と衣類を紙袋に詰めていった。
衣類、歯ブラシ、タオル、ティッシュの予備。なにも余計なことを考えなくて済むように、ただ用意してあったチェックリストを埋めるという、簡単なお仕事をこなしていく。
おれがこうやって準備している荷物が、きちんと使われる時が来ればいい。だけど、そうじゃなかったら。この荷物をほどかれるときが来なかったら。そんなことを考えると喉の奥がずっと息苦しい。
「……つかれた」
超特急でまとめた荷物を玄関先に放り投げると、気力が一気にしぼんでいく。
身体も、精神も疲弊していた。いまから自分の家に帰る気力はない。ふっと抜けた力はみるみるうちに体力を奪ってくる。
眠りたい、と思った。
睡のベッドを借りるのは気が引けたので、ブランケットだけを拝借し、硬い床に転がってみる。
だが、珍しくも眠れなかった。身体はひどく疲れているはずなのに、なぜか緊張が解けない。これは、金縛りに近い感覚だ。
「……」
テーブルの上には、睡が過剰摂取した睡眠薬のシートがあのときのまま置かれていた。何気なく手に取ると、シートにいくつか錠剤が残っている。