冷徹無慈悲なCEOは新妻にご執心~この度、夫婦になりました。ただし、お仕事として!~
 悲しそうな咲穂の声が耳に届いたが、振り向くことはできなかった。最悪の台詞を聞くことになるかもしれない。それが恐ろしくてたまらなかったのだ。

「悪いが、仕事で考えなければならないことがあって……またの機会にしてくれ」

 櫂は例の役員人事の件、咲穂のほうは急遽プラン変更になったリベタスのCM撮影の件。ふたりとも仕事に忙殺されるはめになり、ろくに顔を合わせる機会もないまま一週間が過ぎていた。

 役員人事の件はあきらかにおかしなものだったので白紙に戻し、もう一度検討し直した。塔子が烈火のごとく怒り狂っているようだが、あれを通すわけにはいかなかった。

 リベタスのほうは、今日が蓮見リョウと冬那のCM撮影当日だ。そして、今週金曜日にはブランド発売記念パーティーも控えている。マスコミや主要取引先、インフルエンサーなどと呼ばれる著名人も招待した華やかなものだ。これが終われば、リベタスはもう二月の発売日を待つだけの状態になり自分たちの仕事は一段落といえる。

(パーティーが終わって落ち着いたら、咲穂の実家に遊びに行こうと話していたな)

 ふと、櫂の脳裏に咲穂の笑顔が浮かぶ。と同時に、自分にとって彼女がどういう存在なのかもはっきりと自覚した。

(俺にとって咲穂は唯一無二の女性だ。どうしても、なにをおいても手放すことなどできない)

 櫂は強い瞳で前を向く。きちんと咲穂と向き合ってこの気持ちを伝えようと決意した、そのときだった。コンコンと執務室の扉がノックされるのとほぼ同時に、秘書の大川が飛び込んでくる。櫂の「どうぞ」を待たずに入室してくるなど、真面目な彼にしては珍しい。よほど焦っているのだろう。
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