空飛ぶ海上保安官は、海が苦手な彼女を優しい愛で包み込む
 母が亡くなった後、父が海に出ている時、私はよく海岸に下りていた。いつか自分も、この海で生きるのだと思いながら、海岸に座り込んでぼうっと海を見つめているのが好きだったのだ。

 その時に、何度か海で会ったお兄さんがいる。
 よく、ジーンズにパーカー姿で浜辺にやってきていた、中学生のお兄さん。
『君、穂波(ほなみ)さんのお子さん……だよね』
 初めて会った時にそう訊ねられ、それからはよく、彼と一緒に海を眺めたことを覚えている。

 忌々しい海の記憶は、脳の奥に押し込めていた。それが今、ゆっくりと思い出されてゆく。

 立ち止まったまま、凌守さんとしばらく見つめ合う。あのお兄さんと、彼の顔が重なる。だけど、何を話したのか、全然思い出せない。

 覚えているのは、柔らかな日差し。きらきらと輝く青い海。穏やかな波の音――。

「思い出してくれましたか?」

 彼の声にこくりと頷く。

「でも、何を話したかは覚えてなくて……ごめんなさい」

 すると、凌守さんは笑顔のまま黙ってしまう。
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