桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「彩里ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」
智夜さんが心配そうに手を伸ばしてくる。
その瞬間、反射みたいに私はその手を払ってしまった。
「あ……」
目を丸くする智夜さんを見て、"しまった"と思った。
自分でも驚いて、慌てて視線を逸らす。
茉昼ちゃんが、不思議そうにこっちを見ていた。
「あ、その……、ごめんなさい。大丈夫です。私も二日酔いかな……ちょっと、外の空気吸ってきますね」
「えー、しゃいりー?いちゃうー?」
柊くんの無邪気な声が後ろから聞こえてきたけど、あの空間に、これ以上いられなかった。
勢いのまま逃げる様に家を出たけれど──。
スマホをタップしてSNSを開いてみたところで、頼れる知り合いなんて近くにはいない。
冷たい朝の空気を吸い込みながら、ぎゅっとスマホを握り締める。
もし智夜さんと別れて、この家を出たとしても。
今さら地元に戻れるわけがない。
足もない。お金もない。
ここを出る勇気もない。どこへ行けばいいのか分からない。
私、何も持ってないんだ──。
ちゃんと生きてきたつもりだったのに、大人なのに、何も決められない。
結局、気が付けば、あの場所へ向かっていた。
風が吹いて、木々の揺れる自然な音がする。
舗装されていない、でこぼこの山道。最初の頃は松葉杖でつまずいてばかりいたな、なんてぼんやりと思い出す。
迷子で途方にくれていた時、はじめてここを見つけた。
急なはしごがかけられた先にある、太い幹の上にたつツリーハウス。
前に朝士くんが話していた通り、鍵はかかっていなかった。扉を開けると、荷物がごちゃごちゃに広がっていた。
「……全然、片付いてないじゃん」
あの時、私を招待するために、頑張ってここ片付けたのかな。
なんて、力ない笑いが一瞬だけ漏れて、肩を落とす。
木の床が見えるスペースにしゃがみ込んで、そのまま膝を抱えた。
どのくらいぼーっと過ごしていただろうか。
「彩里、ここにいたのか?」