桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「なに言って──……」
言い返そうとした瞬間。ぐいっと腕を引かれて、視界が揺れて、白い天井が目に入った。
朝士くんが、私の上に覆い被さるように四つ這いになる。
「あ、朝士く……んんっ、」
最後まで名前を呼ぶ前に、距離が近付いて──。
唇が重なるから、頭が真っ白になる。
一端、唇が離れて目が合った。
怒ってる中に見える、今にも泣きそうな水気を増した瞳。
狭いネカフェの個室。 逃げ場なんてない。
手首を押さえつけられて、乱暴に唇を押し付けられる。耳、首筋、鎖骨と勢いのままキスが落とされていく──。
現実感がなくて理解が追い付かない。突き放さなきゃいけないのに。 止めなきゃいけないのに。何も分からない。
もう何も考えたくない。
ギュッと目を瞑ったところで、突然、朝士くんの動きが止まった。
そのまま朝士くんの頭が、胸元へポスンと落ちる──。
「……柔らかい。つーか、やり方わかんねーし」
大きな溜め息が聞こえてきた。その直後、鼻を啜る音が聞こえる。
え……?
朝士くん、泣いてる……?
「ごめん、彩里、嫌いにならないで」
顔は見えないけど、私のシャツがじんわりと湿っていくのが分かる。
「つーか、彩里、止めろよ……」
「……ご、ごめん」
「なんで彩里が謝んだよ!?」
「いや、だって、私……。あ、朝士くんの大切な人を悪く言ったから」
大切な家族。大切な存在。朝士くんは智夜さんを尊敬して、絶対的存在だって分かってたのに。その存在を拒絶して否定した。
「わ、私こそ……ごめんなさ……っ。智夜さんのこと、朝士くんが大好きなのに……、あんなこと……」
声がしゃくり上がる。
胸が痛い。目蓋が熱くなっていく。
熱い何かが溢れてで、頬に伝わってボロボロと溢れ落ちた。
拭っても、拭っても、零れる涙は止まらなくて、喉が痛くて苦しい。
これは、現実だ。
私の上には朝士くんの重みをずしりと感じる。
今、私が泣いてるのも、朝士くんが泣いてるのも現実なんだ。
「俺なんか、彩里のこと無理やり……」
その時──、トントンと扉を叩く音が部屋に響いた。
「お客様、どうしましたか?」