桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「うぉ、智夜!」
「智夜さん?」
私と朝士くんの声が重なる。
いつの間に帰ってきたのか。リビングの入口に立っていた智夜さんが、そのまま部屋の中へ入ってきた。
「お前、一人で風呂も入れないのか?」
「なんだよ、冗談だろ!」
「それは安心した」
クックックッと笑いをこらえながら、智夜さんが朝士くんをからかうよう言葉を続けるけど。
でも、それよりも──。
「茉昼ちゃん達は?」
「ん、とりあえず一晩入院。母子同室になれたら良かったんだけどな。明日迎えに行ってくる」
「彩里の時と同じか~」
「はは、彩里ちゃんはドクターヘリだったもんな。気ぃ失ってたし」
「や、やめてください!」
突然、過去の話を蒸し返されて顔が熱くなる。
ツリーハウスから落ちて骨折したのは、ほんの数ヶ月前のことだけど。
思い返せば、あれから本当に色々なことがあった。
「朝士、今日は向こうに帰った方がいい」
「なんでだよ?」
「多分、母さんピリピリしてるからさ。お前、怪我もしてるんだしゆっくり休めよ。まぁ、元気そうだけど」
「はいはい、分かったよ」
朝士くんは半分納得いかなそうな表情をみせるも、立ち上がり本宅へ戻っていった。
その背中を見送って、家には私と智夜さんだけが残される。
「あのっ、昨日はすみませんでした。家に帰らなくて……」
「うん、大丈夫。朝士から連絡は来てたし」
「えっ……? あ、そうなんですか」
昨日は頭がいっぱいで、何も考えられなかった。
朝士くんは冷静に連絡を入れていたんだ……。
今になって、自分の浅はかな行動が急に恥ずかしくなる。
「珈琲でも飲む?」
「え、あ……はい」
智夜さんだって病院から帰ってきたばかりで、疲れているはずなのにキッチンへと向かう。
しばらくすると、珈琲の香ばしい香りが漂ってきて。なんだか、その香りさえ懐かしく感じて、胸の奥がじんわりと温かくなった。