桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「そ、そこまではっきりとは……でも疑ってると思います」
「彩里ちゃんはどう思う?」
「え……、あの、私も……そう思いました」
いつも穏やかに笑う彼の真っ直ぐに向けられた視線。眉を下げて静かにこちらを見つめる姿に、ドクンドクンと心臓が嫌な音をたてる。
「そっか」
「で、あの……で、柊くんのお父さんって……」
声が震えた。私たちの間に流れる少しの沈黙。
しばらくして、智夜さんは困ったように目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「……分からないんだ。本当に」
「え……」
「茉昼、あの頃。かなり男関係ぐちゃぐちゃだったんだ」
ぐちゃぐちゃ……。多数の男の人と関係を持っていた、ということだろうか。
でも、父親が分からないなら、"不明だ"って、そう言えばいいのに──。
「それなら、疑われてること知ってるなら、お義母さんにはっきり否定すれば……」
「ごめんね、彩里ちゃん。俺、彩里ちゃんが思うような優しい人じゃないから」
穏やかな声のトーン。なのに、こんなにも不穏で不安が駆り立てられるのは何故なのか。
「柊の父親は、俺の可能性も否定できない」
部屋の空気が一瞬で氷りつくようにピリついた。
彼の苦しそうに絞り出された台詞に、頭が真っ白になる。
「兄妹の距離がおかしくなってたのは、途中から気が付いていた」
「……」
「でも、俺にとって茉昼は妹で小さな頃から愛おしい存在で」
「……智夜さんっ、」
「隣にいるのが当たり前になっていて、茉昼は俺とも──」
「もういいです!」
思わず、智夜さんの言葉を遮るように叫んだ。
「お父さんは分からないんですね?」
「……」
「もう、いいです」
聞きたくなかった。
智夜さんがあまりにも辛そうに泣きそうな顔をしているから、これ以上は聞かなくていいと思った。
「本当に分からないなら、それでいいんです」
そう口にしてから、冷めたマグカップを両手でぎゅっと握る。
静まりかえる部屋に、智夜さんがポツリポツリと言葉を落としていく。
「彩里ちゃん」
「はい」
「俺にとって大切なんだ」
「え……」
「茉昼も、柊も、……朝士も」
少しだけ視線を伏せて、続ける。
「家族として、すごく大事なんだ」