桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「申し訳ありませんでした」
その男は"山中"と名乗った。
深々と頭を下げる男に、その場にいた誰もが言葉を失った。
父さんも母さんも険しい表情のまま、黙って男を見つめている。
ホテルの応接室。広いとは言えない小さな個室。
そこに、俺と茉昼、その男、父さん、母さんの5人が向かい合って座っている。
その、重苦しい沈黙を破ったのは母さんだった。
「なんで今更なの……。どうして今になって、のこのこ顔を出せるのよ!?」
「……申し訳ありません」
「あなたねぇ、今までこの子がどれだけ苦労したと思ってるの?」
「別にお母さんが苦労した訳じゃないじゃん」
母さんのヒステリックな声に続くよう、茉昼も口を開く。
茶髪をセンター分けにした、軽薄そうな男が頭を下げている。
こいつが、茉昼の相手で、柊の父親──?
本当に?見たことない男だ。
確かに茉昼と年が近そうで、随分と軽そうだ。
どこか遊び慣れた雰囲気があって、どうも真面目そうには見えない。
「最近まで、茉昼さんが妊娠していたことも、子どもを産んでいたことも知りませんでした」
その男の淡々と続けられる言葉に、頭がおかしくなりそうな程の怒りを感じた。
膝の上で握り締めた拳が震える。それでも、目の前の男からは誠実さの欠片も感じられなかった。
そもそも、柊と全然似てもにつかない。目の形も鼻立ちも、口元だって、全然違うじゃないか。
それに、茉昼が妊娠した時に1人でどんなに葛藤したか、どんなに苦しんで泣いていたことを、この男は理解しているのだろうか。
「知らなかったで済む話じゃないだろう」
椅子から立ち上がり、口を開いた時──、
「お兄ちゃん!……いいの」
茉昼が少し慌てたように俺の手を握って、小さく首を横に振るから。
茉昼──?
茉昼もなんでこんなに落ち着いていられるんだ?
釈然としない中、俺はゆっくりと腰を下ろしかない。
「それで、黙っていれば分からなかったはずなのに、どうして今になって挨拶に来た?」
すると、それまで黙っていた父さんがゆっくりと口を開いた。