桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
07.カコノヒトリゴト




「久しぶり。本当にここにいたんだなー」

風が吹いて、木々がざわざわと音をたてる。
私の目の前に立っているのは、和生だった。
離婚した、前の夫──。



「こっちの方に引っ越したってのは、まぁ知ってたんだけどさ……」

昔と変わらない調子で、和生がくしゃりと笑う。


「え、……なんで、ここに?」

「あー…、保険の手続きでさ、書類に彩里のサインが必要なの気が付いて」

「……」

「連絡しても出ないしさ」

だって、それはもう離婚したから。
声も、もう聞きたくなかったし。
通知も切ってたし。手続きも全て、終わっていたと思っていたから。



「いやでも、だってここ、Y県だよ……」

しかも、こんな高速から離れた山奥の場所。車だって、何時間もかかるのに。



「こっちに用事もあったし、そんな遠くなかったよ。にしてもさ、お前もう再婚したんだってな。びっくりしたよ」

「……」

「随分と早かったな。あー……その、知ってるのか?お前の体のこと」

彼が1歩前に出てくるから、反射的に体がビクッとして後ずさりをする。



「いいとこだな、ここ。自然いっぱいでさ」

「そ、そんな書類くらい、実家に持ってけばすむでしょ?」

「だってさ、ほら。どんな顔して、お前の親に会えってんだよ」

分かる。分かるよ。私の母親が和生に会ったら、あからさまに攻撃的な態度をとるの想像できるよ。
でも、私にはそんなへらへらした顔して、平気で会えるんだ。

あんな事を言っておいて──。


息がうまくできない。気付けば走り出していて、家の方へ駆け出した。
玄関に飛び込んで、バタン、と勢いよくドアを閉めた。
心臓が、まだばくばくと鳴っていて。扉に背を預けたまま、ズルズルとその場に崩れ落ちた。




「なんで……なんで、今さら……」


頭が混乱して、うまく考えられない。

声も、笑い方も、何も変わっていない。あの頃と──。




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