桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「開けろってー!アイス溶けちゃうぞー!」
遠慮なく叩かれる音が、扉ごしに伝わってくる。
ゆっくりと立ち上がり、仕方なく鍵を開ければ、ドアが勢いよく開いた。
「涼し~、マジで生き返る!!」
「……」
大学から帰ってきたのだろう。
汗だくの朝士くんが、背中に背負ったリュックを床に投げて、手に持っていたコンビニ袋をテーブルに置いた。
「アイス!マスカットとチョコ買ってきたんだけど、彩里はチョコだと思って…」
「……私、マスカット」
「え?……あ、そうなん。まー、いいけど」
テーブルに向かい合って、黙々とカップアイスを食べ始める。
目の前に座る朝士くんが、私のことをチラチラと見てくる。何か言いたげな表情を見せ、口を開いては閉じて、また開いては閉じる動きを繰り返している。
ずっと話していなかったから。
こうやって2人で過ごすのはいつぶりかな。
「やっぱり、そっちのチョコ。1口ちょうだい」
「え!?あ、いいぜ」
朝士くんがチョコアイスをスプーンですくって、私の口元に差しだしてくる。パクリと口に入れると、甘くてほろ苦いチョコの味が口の中に広がった。
──彩里が好きだと思って、チョコケーキ買ってきた
そうだ。和生も、よく買ってきてくれたな。
2人で1口交換して、2種類の味だね、なんて笑い合った日もあったな。
全部が、嫌な記憶だけじゃなかったのに。
辛い記憶で塗り替えて、楽しかった思い出まで無かった事にしてしまうなんて。
大切なことを忘れていた──。
「彩里、泣いてるのか?」
「っ、……泣いてない」
「え、いや、でも……。あっ、もっとアイス食べるか?」
なんだろう、気がついたら涙が溢れていて。泣きながら、チョコとマスカット、両方のアイスを食べた。
拭っても、拭っても止まらない涙が、頬を伝って、テーブルを濡らしていく。
「……美味しい、ありがとう。本当はチョコの方が好きなんだ」
「は?なんでだよ…?」
「……うん、朝士くんがチョコ食べたそうだったから、意地悪したくなった」
鼻を啜ってそう口にすれば、朝士くんが不思議そうに眉を潜めるから、心が少しだけ軽くなった気がする。
「ね、朝士くん、お願いがあるんだけど」
そう言って、自身のスマホを手に手を伸ばした。