桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
顔を上げると、今度は茉昼ちゃんの方がパッと顔を逸らした。
「私、お酒取ってくるね!」
「茉昼! 待てって……」
「まぁま……とも、ちゃぁ…」
そのまま、茉昼ちゃんは家の方へ小走りで向かっていく。
柊くんを抱いたままの智夜さんも、慌ててその後を追いかけた。
その場に残されたのは、私と朝士くんの2人だけ。
「あー……あれだ。茉昼って、時々あーなるんだよ」
朝士くんが、頭を掻きながら小さく息を吐いた。
「ああなるって……?」
「メンタルぐちゃってなって、感情爆発から不安定みたいな」
少し言葉を探すように間を置いて、
「智夜が安定剤みたいな感じなんだよな。だから、あんま気にすんな」
智夜さんが"安定剤"。
その言葉が妙に引っかかる。
「……ねぇ、朝士くん」
「ん?」
「朝士くんは、知ってるの?」
「何を?」
「柊くんのパパが誰か」
ピタリと朝士くんの動きが止まった。
「……」
「……知ってるんだ」
「いや、ちゃんとは知らねぇ」
「へぇ。じゃあ、私の知ってる人?」
「……言わない」
「なんで?」
少しだけ間が空いて、ばつ悪そうな顔をする朝士くん。彼が言葉を選ぶように口を開いた。
「柊の人生、めちゃくちゃになるから」
「……」
──あ。目の前が、すっと暗くなった気がした。
そっか。そういうことなんだ。
無意識に、朝士くんの顔を見ると。
朝士くんの表情が、悪いことをしてしまった子供のように怯えている。
でも、すぐ私に噛みつくように声を荒げた。
「つーか、彩里に関係ないだろ!」
彼の声のトーンに驚いて、びくりと肩が跳ねる。
朝士くん自身も、言ったあとではっとしたように目を逸らして顔を下に向けた。
重たい空気が落ちて、さっきまで聞こえていた笑い声がもう遠い。