(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業
4話
○学校・図書室(放課後)
隣合った席で勉強会をするくるみと蓮。
蓮「この公式を当てはめたら、この問題は難なく解ける。」
くるみ「本当だ。すごい。高柳くんって数学、得意なんだね。」
蓮「あー、俺、理系タイプだからなぁ。将来も工学部とかに進みたいし。」
くるみ「そうなんだ。」
蓮「手塚さんは?」
くるみ「えっ?」
蓮「行きたい大学とかあるの?」
くるみ「えーっと……」
返事ができないくるみ。
くるみ(そんなのまだ考えてないよ。)
答えられないくるみに、ごめんと言いたげに被りを振る蓮。
蓮「受験なんてまだ来年だもん。手塚さんが普通だよ。俺は兄貴がいるから、ついそう言う情報が入ってきちゃって。」
苦笑する蓮に作り笑いしかできないくるみ。
くるみ(違うよ。高柳くんは意識が高いんだよ。)
それから話をしながら数学や英語の問題を解く二人。
蓮「なんかあっという間にこんな時間だね。」
図書室の時計が18時になろうとしている。
くるみ「本当だ。」
蓮「手塚さんと一緒だったからな?課題するのも全然苦じゃなかった。」
くるみ「わ、私も!」
くるみ(まさか高柳くんからそんなお言葉をもらえるなんて。)
蓮「また一緒にしようよ。って言っても、なかなか部活がオフの日ってないんだけど。」
蓮の提案に「うん。」と即答ができないくるみ。
くるみ(もしこういう機会が増えたら、私は九条先生のところには行かなくなるのかな?)
蓮「手塚さん?」
くるみ「あ、えっと、ぜひまた誘ってくれると嬉しいな。」
くるみ(先生が言ったんだよね。学生としてすべきことや楽しいことをしろって……)
蓮「じゃあまた誘うね。」
一緒に帰り支度をする二人。ちらりと時計の針に目をやるくるみ。
くるみ(18時過ぎ。最終下校までまだ少しある。)
図書室を出たところで、蓮が足を止める。
蓮「手塚さん、徒歩通学だっけ?良かったら送ってくよ。」
くるみ「そんなの悪いよ。高柳くん、電車で来てるでしょ。駅は私の家と逆方向だもん。」
蓮「そんなの気にしなくていいよ。」
くるみに優しく笑いかけてくれる蓮。
くるみ(すごく嬉しいお誘いなのに……私なんでだろう……この時間も楽しかったのに……)
今度は自分の腕時計にちらっと目をやるくるみ。
くるみ(18時10分……私……)
くるみ「ごめんなさい!」
地面につきそうなくらい頭を深く下げるくるみ。
蓮「えっと……」
くるみ「私……」
くるみ(友だちを使うような嘘はつきたくない。)
くるみ「先生のところに行く用事があったの!すっかり忘れてて。だから行ってくる。また明日ね!」
蓮の返事も聞かずに背を向けて走って行くくるみ。
蓮「……また明日……」
と言ってから、自分の横髪を手のひらでくしゃっと掴む蓮。
蓮「その先生って九条ちゃんだよね……。」
○学校・数学準備室(18時15分)
息を切らしながらノックをするくるみ。
くるみ(18時半になったら、最終下校時間だから、先生に見つかったら怒られちゃう。それまでに九条先生に会わなきゃ。)
ドアが開き、持田が顔を出す。
持田「あら?ちょっと待っててね。まだいるよ。」
くるみ(勢いで来ちゃったけど、出たのが持田先生で良かった。)
持田に連れられて姿を見せる九条。持田は背中を押して、九条を部屋の外に出し、出たらすぐにドアを閉めてしまう。
九条「君さー、こんな時間になにやってるの?」
呆れた顔をする九条。
くるみ「だって……」
九条「高柳と勉強会してたんでしょ?」
くるみ「してました……でも……」
九条「でも、なに?」
くるみ「先生が言ったんですよ!」
九条「あぁっ?」
くるみ「学生としてすべきこと楽しいことをしろって。その言葉を思い出したら、先生と話たくなったんです。一緒にお勉強しながらお喋りしたいって。」
なんだよそれと言いたげな九条の顔。
九条「高柳と一杯話したんだろう。」
くるみ「話しました。楽しかったです。でも、先生と話したいって思っちゃったんです。高柳くんが送ってくれるって言ってくれたけど、それよりも先生と今日のことを話したいって……。」
その言葉に、これでもかと言うぐらい深い溜息をつく九条。
九条「君、バカなの?好きな男の誘いを断って、こんなところまでのこのこやって来て。」
くるみ「……。」
九条の顔を見れず項垂れるくるみ。そんなくるみの手を取る九条。
九条「おいで。」
くるみ「えっ?」
九条「今からだと最終下校に間に合わないでしょ。」
くるみ「そうですね……。なんとかなるって思って来ちゃったけど……。」
九条「だからなんとかする。」
くるみ(なんとかする?えっ?えっ?)
くるみ「もしかして時でも止めるんですか?先生って実は魔法使い……」
九条「そんなわけないだろ!!いいから黙って付いて来い。」
○学校・保健室(18時30分)
ノックをして返事も待たずに入る九条。
くるみ(ここ、保健室。私も時々、頭痛とか生理痛で休ませてもらうことあるけど……)
九条と同い年くらいの白衣を着た女性の保健室の先生「誰かと思ったら伊織か。」
九条の顔を見てつまらなそうな顔をしたが、その後ろのくるみを見つけて、目を輝かせる。
保健室の先生「あらあら、手塚さん!へぇー……伊織が女の子をかまってるなんて。」
くるみ(伊織だなんて、保健室の佐々木(ササキ)先生も九条先生と親しい間柄なのかな。)
九条「部屋貸して。」
興味深そうな顔で九条とくるみを交互に見る保健室の先生。
佐々木千華(ささき ちか)「貸してあげるけど、その代わり、今度、一杯奢りなさいよ。こっちだってリスクあるんだから。」
九条「分かってる。瓶ビールな。」
佐々木「そこは生ビールでしょ!」
九条「冗談に決まってるだろ。ちゃんと生を奢るって。」
佐々木「あんたの冗談っていつも真顔だから、冗談に感じないのよ。」
九条の後ろで戸惑いを浮かべるくるみに、にっこりと笑いかける佐々木。
佐々木「心配しないで。伊織とは何でもないから。私と伊織と眞……あ、持田先生ね、高校と大学の同級生なの。たまたま同じ学校の配属になって、一緒に仕事してるのよ。」
くるみ「そうなんですね。あの、仲良いなって思っただけです。心配なんて別に……」
佐々木「いいなあ。女子高生って。」
いいってなにがだろう?と、小首をかしげるくるみ。そんなくるみの肩を佐々木はぽんと叩いて、九条に鍵を渡す。
佐々木「19時まで。私、19時には出たいから。」
九条「感謝する。」
鍵を受け取り、再びくるみの手を掴む九条。
佐々木「手塚さん、また明日ね。」
佐々木がくるみに手を振るので、くるみは「さようなら。」と挨拶をする。
くるみを連れた九条は保健室を出て、隣の相談室と書かれた部屋のドアを、佐々木からもらった鍵で開ける。
くるみ「ここ……」
くるみ(生徒に悩みがある時とかに佐々木先生が話を聞いてくれる部屋。週に1回、カウンセラーが来て使っているときもあるとか……。)
九条「ここならこの時間は誰も来ないから。」
丸いカフェテーブルを挟んで二人がけのソファーが二つ置かれている部屋。部屋の奥には小窓があり、今はカーテンが閉まっている。小窓の側にはくるみの腰の高さぐらいの棚があり、ぬいぐるみやメンタルヘルスに関する本などが整頓されて置かれている。
くるみの手を握っていた九条の手が離れる。なぜだか「あっ……。」と思ってしまうくるみ。
ソファーには座らずに、カフェテーブルの下に敷かれた絨毯に腰を下ろす九条。
九条「ノート、出して。時間ないから。」
くるみ「はいっ!」
学生鞄を漁りながら、九条の隣に腰を下ろすくるみ。
出張の日に九条が出していた宿題を見せるくるみ。その下には自分で問題集から選んで解いた問題が書かれている。
九条「……休みの間にしたの?」
くるみ「はい。土日だったから。自主勉したの。えらいですか?」
九条「あのねぇ、本当にえらいやつは、自分からえらいですかとか聞かないからね。」
くるみ「むうっ……少しくらい褒めてくれてもいいのに。」
九条「褒めるのは全問正解してから……って、ここ違う!なんでこんな意味不明な公式使ってるわけ!?」
くるみ「えっ!嘘っ!?絶対合ってると思ったのに!」
無意識に九条の上腕あたりに顔を寄せてノートを覗き込むくるみ。
九条「これ、先週の授業で俺が教えたやつの類似問題だよ?」
赤ペンでノートにすらすらと公式を並列で3つ書く九条。
九条「さて、この3つのうち、使う公式はどれでしょうか?」
くるみ「これ?」
真ん中の公式を指差すくるみ。
九条「違う!」
くるみ「じゃ、じゃあこれ!」
九条「では、どうしてそれだと思ったのか。根拠をどうぞ。」
くるみ「えーっと……」
言い淀んでしまうくるみ。
九条「当て物じゃないんだからね。」
口の割には、そんなくるみのノートに問題と公式をつなげるポイントをつけてくれる九条。
くるみ「なるほど!これなら次は解けますよ、絶対に!」
九条「言いやがったな。じゃあこれ解いてみな。」
そう言って、黒ペンで類似の問題をノートに書く九条。その問題には躓くことなく最後まで解き切るくるみ。
くるみ「ねっ、できたでしょ。」
得意げなくるみの顔に微笑する九条。そうして自主勉の問題もくるみに説明しながら見てくれる。
九条「もうこんな時間か……。」
ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する九条。
九条「そろそろ帰らないとね。佐々木にも文句言われそうだし。」
帰る支度をするくるみ。それを見つめる九条。
九条「……家、どこ?送っていくけど。」
くるみ「ダメです!こうやって相手してくれただけで十分ですから。」
くるみ(私が突っ走ったせいで、先生だって絶対に帰るのが遅くなっているんだもん。)
九条「断っても送る。帰り道に橘になんかあったら、本当に申し訳ないから。」
くるみ「……。」
九条「それに君、鈍臭そうだから、一人で帰らしたら他の教師に見つかって、騒ぎになりそうだし。」
くるみ「うっ……先生ひどい!私、そんなに鈍臭くないですよ!」
九条「分かってる、冗談だよ。」
くるみ(佐々木先生も言っていたけど、この人の冗談、分かりずらーい!!)
九条「本当に手塚のことを心配して言ってる。だから、そう言う時は素直に甘えときな。」
くるみ「……。」
○学校・駐輪場(19時過ぎ)
くるみ(送って行くって言ったけど……)
くるみ「先生のバイクの後ろに乗るんですか!?」
九条「君を送って行ったら、俺、そのまま家に帰りたいし。」
くるみにヘルメットを差し出す九条。
九条「バイクの後ろに乗ったことは?」
くるみ「ないです。あるわけないでしょう。」
九条「じゃあ簡単に乗り方を説明する。俺が乗ったら、後ろの金具……」
後輪の近くに出ている銀色の突起物を指差す九条。
九条「そこに足をかけて乗る。いい?」
くるみ「が、頑張ります。」
慣れた様子でバイクに跨る九条。もたつきながらもなんとか、足を突起に乗せてバイクに跨るくるみ。
九条「初めてにしては上出来。」
くるみ(で?この後、どうするの?)
くるみ「先生!」
九条「なに?」
くるみ「この手はどうすればいいですか?」
自分の両手をぶらぶらさせるくるみ。
九条「あぁ……掴んで。」
九条は振り向かないまま、くるみの右手首を自分の右手で掴んで、自分の腰のあたりに巻き付かさせる。
九条「左手も同じようにして。」
くるみ「無理です!!無理!!」
九条「なにがだよ!?」
くるみ「だってもろ密着ですよ!!そんなの……」
くるみ(緊張しちゃうよ……。)
九条「密着でもないだろ。俺、リュックサック背負ってるんだし。」
九条の背中にはいつも使っている通勤用のリュックサックが背負われている。
くるみ「そうだけど……」
意を決して、左手も九条の腰のあたりに回すくるみ。
九条「手と手、ちゃんと前で繋いでいて。」
くるみ「うーっ……」
九条のお腹の辺りで自分の両手を繋ぐくるみ。
くるみ(先生に触っちゃった……。先生、意外と体温高い。)
手を繋ぐことで体が前のめりになって、九条の首のあたりにくるみの額がピッタリと引っ付く。
くるみ(先生の匂い……私の心臓の音、おかしい。ずっとトクトクしてる。)
くるみを乗せた九条のバイクはくるみの通学路を通って、くるみの住む賃貸マンションの前まで来る。
エンジンを止めて、ヘルメットを外し、バイクから降りる九条。
九条「降りれる?」
まだ乗ったままのくるみに声をかける。
くるみ「大丈夫です。」
降りようとして、足がもたつき、バイクから落ちそうになるくるみ。慌ててそんなくるみを抱き抱える九条。バランスを崩したくるみは九条の胸元に飛び込んでしまう。
くるみ「……ごめんなさい……。」
弾け飛ぶように、九条から離れるが、耳まで赤くなって、九条の顔が見れないくるみ。
九条「いいよ、別に。大丈夫か分からない時は、大丈夫って簡単に言うなよ。ちゃんと助けるから。」
くるみ「……。」
くるみ(ずるいよ、先生。こう言う時、いつも優しいんだもん。)
九条「それよりお家の人、心配してない?こんなに遅くなって。」
くるみ「平気です。母は今日から夜勤だから家にいないので。」
九条「えっ?じゃあ、家に帰っても一人?」
心配そうな顔をする九条に、精一杯笑って見せるくるみ。
くるみ「去年からそうだし、もう慣れたもんですよ。お陰でお料理の腕も上がったんです。この間、食べていたお弁当も自分で作ったんですよ。」
くるみが笑っているのに、九条は全く笑わない。
九条「でも、帰って、家の灯りがついてたらいいのにって思う時もあるでしょ。」
くるみ「それは……」
言葉を詰まらせるくるみ。
くるみ(夕飯の時、お風呂から上がった後、寝る前……お母さんがいたらなあって思う時もある。ううん、そう思う時の方がまだ多い。でも、それはお母さんを困らせるから言ったらダメだって言い聞かせてきた。)
九条「恋愛の話も好きにしたらいいけど、しんどくなったら言って。聞くから。」
くるみ(……先生、優し過ぎるよ。)
はっと思いつくくるみ。
くるみ「先生……あの、ちょっと待っててください!3分!」
九条「待つって……あ、手塚!」
マンションに猛スピードで突入するくるみ。
くるみ(先生に何かお礼したい。何か……)
九条「本当に、あいつは。もう少し落ち着けないのか。」
3分後、紙袋を手に下げて戻ってくるくるみ。
くるみ「先生、これどうぞ。」
差し出された紙袋を受け取る前に、じっと袋を見つめる九条。
くるみ「我が家の今晩のおかずのビーフシチュー。良かったら食べてください。」
九条「いいの?って言いたいところだけど、どうした急に?」
くるみ「感謝の気持ちです。それにね、今日、ビーフシチューを食べる時に、先生も同じものを食べているんだって思ったら、寂しくなくなるから。」
九条「……。」
くるみ「もしかして、ビーフシチュー嫌いでしたか!?」
見る見る落ち込み始めるくるみ。
九条「そんなことない、好きだよ。有り難くいただく。」
くるみの手にする紙袋を受け取る九条。
くるみ「良かった。あ、味は確かですよ。料理の腕をあげていますからね!」
九条「はいはい。」
なんとなく別れ難い空気になるくるみと九条。お互いの顔を見合うが、九条が先に口を開く。
九条「そろそろ部屋に戻りな。」
くるみ「はい。先生、また明日。」
胸の前で小さく手を振るくるみの頭を優しくなでる九条。すぐに頬の色が染まるくるみ。
九条「また明日。」
それに気付いているけど触れない九条。くるみは小さく頷いて、九条に背を向けて、マンションのエントランスホールへと入っていく。そんな後ろ姿をヘルメットを被りながら眺める九条。
九条「……高柳に知られたら、テストに解答じゃなくて、文句書かれそうだな……。」
空を仰ぎ見る九条。それからバイクに跨る。
九条「でも、どうしようもできないんだよなぁ……あんなキラキラした顔で会いに来られたら。本当はこのまま勘違いに溺れてくれていた方がいいんだよ、手塚のためにも。」
バイクで走り去る九条の後ろ姿。