(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業
5話
○学校・数学準備室(昼休み)
いつもと同じように隣同士の席に座る二人。
くるみ(今日の放課後は部活があるから、先生にお昼に会いたいってお願いしておいたのだ。)
くるみ「先生!大変です!」
九条「いや、本当にな。」
くるみ「この日曜日に高柳くんのサッカーの試合があるんです!」
九条「この小テストの結果はなんだ!」
バンと九条がくるみの座る席、正しくは持田の席にくるみの小テストをおく。
九条「俺が散々教えたのに、50点ってどういうことだよ!!」
くるみ「半分とったんですよ!」
九条「ふざけんな。7割ぐらいとれ!」
頬を膨らませるくるみ。
くるみ「だって、先生としたのと全く同じ問題じゃないんだもん。」
九条「当たり前だろう!でも、同じ公式を使う問題だ。」
くるみ「アレンジされると分からなくなっちゃうんです。」
九条「今日の宿題、このテストと同じ内容にするから、きちんと考えてくること。」
そう言い放って、購買の焼きそばパンを頬張る九条。そんな九条を自分で作ってきたお弁当を食べながら眺めるくるみ。
くるみ(先生いつも、パンとかおにぎりだよね。)
九条「で、高柳の試合を見に行くことの何が大変なんだ?むしろ良かったなって話だろう。」
くるみ「だって、さすがに一人では見に行けないじゃないですか!」
九条「なんで?高柳から来てって言ってるのに。」
くるみ「私なんかがサッカーの試合に観戦に行ったら、周りから白い目で見られます。普通の女が高柳くんの応援なんて図々しいって。」
九条「そんなこと思われるか?」
くるみ「思われます。そりゃ鏑木さんみたいな人なら……」
あれぐらいスタイルが良くて美人なら、何も怖くないのに。
九条「鏑木と自分を比べて、勝手に落ち込んでるってことか。」
くるみ「……勝手にって。」
くるみ(そうだけど、鏑木さんが高柳くんの側にいる限りそう思うのが普通だよ。)
くるみ「それでね、これはクラスの友だちにも知られちゃって、誰か誘って行ったらって言われてんです。」
九条「一人より目立たないってこと?」
そんなことする必要ないのにと言いたそうな顔をまだしている九条。
くるみ「同じ部活の翠ちゃんは、サッカー部の彼氏がいて、お願いしたら来てくれそうだけど、そう言う時に頼っていいのか分かりません。厚かましいって思われるのかなって。」
九条「知るか。」
投げやりの九条。九条の腕をぽかぽかと殴るくるみ。
くるみ「えー!!ちゃんと考えてください!!」
九条「手塚は友だちが困って自分にお願いごとをしてきた時に、厚かましいって思うか?」
くるみ「思いません。助けてあげたいって思います。」
九条「なら原田も大丈夫だろ。君の友だちなんだから。」
くるみ「……。」
自分のリュックサックからくるみが昨日渡した紙袋を取り出す九条。
九条「ご馳走様。美味しかった。」
くるみ「……お口にあって良かったです。私も美味しかったです。先生が一緒に食べてくれたおかげかな……なんて。」
作ったビーフシチューを褒められて、照れたように笑うくるみに、九条はコツッと頭に小さな箱をあてる。
くるみ「?」
九条「あげる。お礼。」
くるみの掌に白地にラメを散りばめた正方形の小さな箱がのる。箱にはピンクのリボンが結んである。
くるみ「開けていいですか?」
九条「いいけど。」
リボンを解いて箱を開けるくるみ。
中には小さな透明の袋が入っていて、その中に星型の小粒のチョコレートがいくつか入っている。チョコレートは淡い黄色やピンク、白などがある。
くるみ「可愛いー!!先生、ありがとうございます。大事に置いておきます。」
九条「いやいや、食べろよ。腐るじゃん。」
くるみ「だって可愛過ぎて食べるのがもったいない。」
九条「そんなに?」
首を傾げつつも、頬に笑みを浮かばせる九条。
そんな時、昼休み終了5分前のチャイムが鳴る。
くるみ「行かなきゃ。先生も次は授業ですか?」
学生鞄にお弁当を詰め込むくるみ。
九条「そう。3組で授業。」
くるみ「長居してしまってすみません。」
九条「いいよ、別に。」
くるみ「明日の放課後、また課題持っていきますね!」
九条に笑いかけて、先に数学準備室を出るくるみ。
○学校・教室(放課後)
くるみ「今日も一日終わったー!」
思わず声にしてしまうくるみ。隣でふふっと声を漏らして笑う蓮。
くるみ「えっ?えっ?」
それに気付いて、動揺するくるみ。
くるみ(うぅっ……高柳くんに笑われちゃった……。)
蓮「ごめん、ごめん。なんか可愛いなぁって思っちゃって。」
くるみ「かっ、かっ……」
更に動揺してパニックになるくるみ。
くるみ(可愛い!?誰が?私が……?)
蓮「手塚さんも今日は部活?」
くるみ「うん。今日は部員でヘアアクセ作りをするの。」
蓮「ヘアアクセってことは髪ゴム?」
くるみ「そう。あとヘアピンとかも。ヘアアレンジした時に、ヘアアクセを付けたら、アクセントになって可愛さアップなんだよ。」
楽しそうに話をするくるみを、穏やかな表情で見つめる蓮。
蓮「そうなんだ。そう言えば、妹もそんなのよくやってるっけ。」
くるみ「ええっ!?高柳くん、妹もいるの?」
くるみ(大学生のお兄さんもいたよね。)
蓮「小6のね、妹がいるよ。最近、超生意気で手を焼いている。」
妹の姿を思い浮かべるように、天井に視線をやったあとで、苦笑いする蓮。
くるみ「もし良かったら、作ったヘアアクセを妹さんにプレゼントしようか?」
蓮「本当に?おしゃれに興味が出てきてるから、すごく喜ぶと思う。」
くるみ「じゃあ、明日渡すね。」
蓮「なんか、いつもありがとう。」
くるみ「いつも?」
蓮「ほら、先週もフィナンシェもらったから。」
くるみ「そんなの全然いいよ!私が好きでしたんだから。」
蓮「……俺にあげようと思って、ラッピングしてきたってこと?成り行きじゃなくて。」
くるみ「成り行きなんかじゃないよ。高柳くんにあげたくて私……」
くるみ(私、何言ってんの?これじゃあ好きって言ってるようなもんじゃん。)
恥ずかしさから自分の頬を掌で包むくるみ。
蓮「そっか、すごく嬉しい。」
そんなくるみの頭を優しくなでる蓮。
蓮「また改めてお礼させて。」
そう言って部活のリュックサックを背負い、学生鞄を肩にかけ、教室を出て行く蓮。何も言えずに見つめるくるみ。
くるみ(高柳くんに触れられちゃった……掌が私の頭を撫でて……どうしよう…こんなんじゃ、今日、髪の毛洗えなーい!!)
気持ちはカッコいいと思い、興奮しているに、なぜかくるみの頬が染まったり、心臓が音を立てることはない。
○学校・家庭科室(放課後)
布やビーズ、毛糸、リボン、レースなど思い思いなものを手にとって縫い物に励む家庭科部部員たち。
翠「やっぱりレースのリボンが最強だよね!」
器用に手縫いでレースのリボン数本を半分に折っては、その端を中心で縫い合わせ、お花の形にしていく。
くるみ「それ可愛い!」
翠「くるみちゃんのはどんなの?」
くるみ「白とピンクのストライプの布をリボン型にして、真ん中にパールの飾りを縫い付けようと思ってて。」
翠「それも素敵!くるみちゃんに似合いそう!」
くるみ「ありがとう。でもね、これ、プレゼント用で……」
翠「プレゼント?」
くるみ「あのね……」
くるみ(九条先生が教えてくれたから。翠ちゃんなら大丈夫だろって。)
翠に蓮のことをぽつりぽつりと話すくるみ。
翠「そっか、高柳くんかー。」
全てを受け入れてくれる優しい笑顔を見せる翠。
翠「私の彼氏、颯斗(ハヤト)とも仲良いよ!」
くるみ「そうなの?」
翠「うん、よく何人かで一緒につるんでるよ。高柳くんってさ、友だちにも優しいんだよ。去年ね、颯斗がインフルエンザに罹った時も、大量のゼリーを持って、お見舞いに来てくれたんだって。」
くるみ「へぇー。」
翠「で、一人じゃこんなに食べ切れないってなって、私も何個かもらっちゃった。ありがとう、高柳様って感じ。」
うふふと、幼い子が悪戯に成功したみたいに笑ってみせる翠。
翠「そうだ!この土曜日にサッカー部の練習試合が学校であるの。良かったら一緒に行かない?」
くるみ(その試合って……)
翠「颯斗がたまには見に来てってうるさいんだけど、一人だとついまた今度って気持ちになっちゃって。くるみちゃんと一緒ならそれだけで楽しいから、行こうかなって気持ちになれそうなの。」
くるみ「翠ちゃーん!!」
勢いよく翠に抱きつくくるみ。
翠「くるみちゃん、待って、待って!針刺さるよ、腕に。」
左手でくるみを受け止めながら、大慌てで針を持つ右手を伸ばして、くるみから離す緑。
くるみ「実はね……」
蓮に試合に誘われたが、一人で行く勇気はなく、翠を誘うか悩んでいたことを正直に打ち明けるくるみ。
翠「気にせず誘ってくれたら良かったのに。くるみちゃんの誘いならいつでもOKだよ。」
翠の裏のない返事にほっと安堵するくるみ。
くるみ(明日、先生に報告しなきゃ。翠ちゃんと行けることになったよって。)
○学校・教室(翌日の始業前)
今日は髪を後ろで編み込みに束ね、昨日、自分で作ったデニム生地のリボンでくくっているくるみ。
那月「くるみの今日の髪、可愛いね。」
遥「あんた、そう言うの器用だよね。」
くるみの席を囲み、お喋りに花を咲かせる那月と遥。そこに登校してくる蓮
蓮「おはよう。」
那月・遥「おはよー!」
くるみ「お、おはよう。」
くるみ(今日もカッコいいー!!)
鞄を下ろして一日の支度を始める蓮。
くるみ「あの……」
くるみ(渡せる時に渡さなきゃ。)
くるみの方を向く蓮に花柄の小袋を差し出すくるみ。
くるみ「これ、妹さんに。リボンの髪ゴムとお花型のレースのヘアピン。」
蓮「ありがとう!妹、マジで喜ぶと思う。」
那月「えっ?高柳くん、妹いるの?」
蓮「うん、5歳下の小6のね。」
遥「うわ、意外。」
那月「そう?私はしっくりくるけどなぁー。」
3人が話しているのに、なかなか入れないくるみ。だが、ヘアアクセを渡せてほっとしていて、気にはしていない。
蓮「手塚さんは?」
くるみ「えっ?」
話を振られ、我に返るくるみ。
蓮「きょうだいとかいないの?」
くるみ「私は一人っ子だよ。」
くるみ(もしお父さんが生きていたら、弟妹がいたかもしれないけど。お母さんは子ども好きだし。)
それ以上、話を続けることのできないくるみ。代わりに遥が「うちは、偉そうな兄貴が一人いる。」と、話を繋げてくれる。
そこへ担任が朝のホームルームをするために入ってくる。
くるみ(何でだろう。高柳くんにちょっと言いづらい。お父さんがいないこと。高柳くんは家族の話とかもしてくれるのに。)
○学校・数学準備室(放課後)
くるみがドアをノックすると、持田が出てくる。
くるみ「あ、こんにちは。」
持田「こんにちは。」
爽やかな笑顔をくるみにみせる持田。
持田「九条先生?」
くるみ「はい。」
持田「実はね……うーん……」
くるみ(どうしたんだろう。)
持田「一足先に分からない問題があるって尋ねて来た子がいて、その子に教えに行ったよ。多分、職員室の前じゃないかな?」
くるみ「……。」
くるみ(そうだよね、先生は私だけの先生じゃない。)
持田「気になってるなら、見に行ってみれば。」
くるみ「そんなことしたら先生の迷惑になってしまいます。」
持田「でも気にならない?尋ねて来たのが九条先生のことを好きな子かもしれないよ。」
くるみ「えっ?」
みるみる表情が固くなるくるみ。
くるみ(九条先生のことを好きな子が先生に勉強教えてって……教えて欲しいってのは建前で、本当は先生とお話ししたいのかも。)
持田「行ってみる?職員室。」
こくんと頷くくるみ。
持田「よし!雑用係ゲット!」
くるみ「へっ?」
持田「ちょっとそこで待ってて。」
一瞬、数学準備室の中に消える持田。そして、40冊ぐらいあるノートを持って出てくる。
持田「半分持ってくれない?職員室に運びたいんだけど、一人じゃ重くてさー。」
くるみ「……分かりました。」
持田から半分ノートを受け取るくるみ。そうして二人で職員室に向けて歩き出す。
職員室の前まで来るくるみと持田。
職員室の前には質問に来た生徒が教師と勉強ができるように長机とパイプ椅子がセットになって、壁に沿って並列で2台置かれている。
持田「ほら、いた。」
持田の視線の先をくるみも追う。
そこにいたのは九条と……
くるみ「高柳くん!?」
廊下に響き渡る声で名前を呼んでしまうくるみ。
九条と蓮が同時にくるみを見る。くるみの横では持田が肩を震わせて笑いを堪えている。
蓮「あれ?手塚さん、どうしたの?」
くるみ「あ、えっと、持田先生のお手伝いを……」
しどろもどろになりながら返事をし、笑いを堪える持田をじろっと見るくるみ。
くるみ(持田先生!!信じられない!!こうなること分かってて、私を連れて来たんじゃん!!)
そんな三人を九条は表情一つ変えずに一瞥した後、蓮に声をかける。
九条「で、分かった?問8の答え。」
蓮「はい。ありがとうございます。」
九条「高柳は飲み込みが早いからこっちも助かるよ。」
と言った後で、ちらっとくるみを見る九条。
くるみ(むー!!まるで私がダメって言いたいみたいじゃん!)
ガタリとパイプ椅子から立ち上がる蓮。そして、くるみに歩み寄りノートを持ってくれる。
蓮「重いでしょ?大丈夫?」
くるみ「あ、ありがとう。」
そんな二人を見ながら、何も言わずにパイプ椅子から立ち上がる九条。そうしてそのまま廊下を歩いて行ってしまう。
持田「手塚さん、運んでくれてどうもありがとう。高柳くん、悪いんだけど職員室の先生の机まで運んでくれる?」
蓮「はい。」
持田と一緒に職員室へと入っていく蓮。
一人残されたくるみは、職員室のドアと随分と遠くになってしまった歩く九条を交互に見る。
くるみ(……先生、行っちゃう……)
九条の後ろ姿を追いかけて、歩き始めるくるみ。なんとなく「先生!」とは呼びづらくて、気付かれないように適度な距離を保ちながら追いかける。
九条が階段を上り、踊り場を通過したら、くるみも同じように階段を上る。
4階までの階段を上がると、九条はまた廊下を歩き始める。4階の廊下は教室もなくひっそりとしている。
くるみ(このフロアは会議室とか理科室とか放送室しかないけど……先生、どこまで行くんだろう。)
九条が曲がり角を曲がったので、くるみも早足で追いかけて曲がると、ぼんっと何かにぶつかる。
くるみ「いったー……」
自分の前にカッターシャツを着た背中がある。そうしてその背中の人物がゆっくり振り返る。
九条「下手くそ。」
くるみを見下ろす九条の姿がある。
くるみ「……。」
九条を見上げるくるみ。
九条「後ろから付けてきてるのバレバレだから。」
くるみ「うぅっ……」
九条「高柳、君のこと探してるんじゃないの?職員室を出たらいなくなってるから。」
くるみ「そうだと嬉しいけど、きっとすぐに部活に行ったと思います。サッカー部は忙しいから。」
九条「君がそう言うならそれで良いけど。てか、さっきの何?」
くるみ「さっきの?」
九条「あのタイミングで持田と一緒に職員室に来るなんておかしいでしょ。」
九条から目をそらすくるみ。
九条「目、そらすな。ちゃんとこっち見て説明しろ。」
くるみ(やっぱり鬼教師……)
くるみ「九条先生に会うために数学準備室に行ったんです。そしたら持田先生が出てきて、九条先生なら職員室にいるって。」
九条「で?他にも何か言われたでしょ。」
九条にさらに問われ、思わず俯いてしまうくるみ。
くるみ「……私より先に九条先生に質問に来た子に勉強教えてるって言われて……その子が九条先生のことが好きな子だったら気にならない?って尋ねられました。」
九条「持田のやつ……くだらないことしやがって。」
ぼそぼそと持田に文句を垂れる九条。
くるみ「何でか分からないけど気になっちゃったんです。先生はみんなの先生なのに。そしたら、持田先生が一緒に職員室に行こうって誘ってくれたんですけど、ノート半分持ってって言われちゃって。」
九条「あいつ、手塚にただ雑用押し付けたかっただけだろ。」
くるみ「えー!?やっぱりそうですか!?雑用係ゲットって言ってました!」
九条(そして、この状況を面白がってやがる……)
くるみ「そうだ、先生!ちゃんと問題解いてきましたよ。それからね、翠ちゃんとサッカーの試合に行くことになりました。」
九条「そう、良かったね。」
くるみ「全部、先生のお陰ですよ。」
九条「俺の?」
くるみ「先生が私に大丈夫だろって言ってくれるから、やってみようって思えるんです。」
くるみの言葉に何度か瞬きをする九条。そうして、お互いに見つめ合うくるみと九条。
九条「……今日、髪の毛違うんだな。」
不意に九条が呟く。
くるみ「そうなんです。このリボンの髪飾り、自分で作ったんですよ。せっかくだから付けたくて。可愛いでしょ?」
子犬が飼い主に懐くような顔を九条に見せるくるみ。
九条「うん、可愛いよ。」
九条の指先がくるみの髪の毛先に触れる。
くるみ「……先生?」
くるみの心臓がコトンと鳴る。
くるみ「先生……あの、その、可愛いのはリボンがですか?それとも私がですか?」
九条「そんなの決まってるだろう。」
そう言って、くるみに背を向けて歩き出す九条。
九条「ほら、早くして。課題するよ。」
くるみ「先生ー!!待ってください!!決まってるの答えが分かりません!!」
九条「知るか。自分で考えろ。」
くるみ「えー!!」
その九条の後ろ姿をぱたぱたと追いかけるくるみ。
くるみ(……どうして……どうして先生とだと何でも素直に話せちゃうんだろう。)
そんな立ち去る二人の姿を階段の陰に隠れて見つめる蓮の姿がある。