(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業
8話
○学校・2年2組の教室・朝のホームルーム
くるみのクラスの担任が出席簿にもなっているタブレット端末を手に入ってくる。
くるみのクラスの担任「欠席いないかー?何?山口が熱で休み?分かった。あとはいるか?」
一番前に座る生徒「全員いまーす。」
くるみのクラスの担任「そうだ。今日の終礼の時に席替えするぞー。」
くるみ(席替え!!)
隣の蓮をくるみがちらりと見ると目が合う。
蓮「席替えだって。そんな時期だもんね。」
くるみ「う、うん。」
くるみ(高柳くんと離れちゃう。)
蓮「せっかく手塚さんと仲良くなれたのに。」
残念そうな顔をする蓮。そんな蓮を見て、くるみも同じ表情になる。
蓮「ねえ……」
くるみ「うん?」
蓮「席が離れても今みたいに声をかけたり、サッカーの試合に誘ったりしてもいいかな?」
目をぱちくりさせるくるみ。
くるみ(今なんて?高柳くんがこれからも私に話しかけてくれるの?)
くるみ「もちろん!」
安堵した表情をする蓮。
蓮「これからもよろしくね。」
○学校・数学準備室・昼休み
自分のデスクでくるみが渡した紙袋からお弁当箱を取り出す九条。蓋を開けて瞬きを何度かする。
九条(マジでオムライスだ。)
綺麗に卵の巻かれたオムライスがそこにある。かけられたケチャップは決して絵なんかにはなっていなくて、ファミレスなどのお店であるような自然なオムライス。彩りにきちんと野菜も添えてある。
佐々木「いや、本当にすごいわ。」
持田「いいなあ。俺も手作りのオムライス食べたい。」
いつの間にか九条の後ろに立って肩越しにオムライスを覗き込む佐々木と持田。
九条「お前ら、いつからそこに……」
佐々木「えー?ついさっき?眞が面白いものが見れるかもしれないから、数学準備室においでって誘ってくれたのよ。」
九条「保健室、今が一番忙しい時間だろ。席外して大丈夫なのかよ?」
佐々木「大丈夫。ドアに張り紙してきたから。5分したら戻りまーす。待っててねって。」
言い返す気力もなくがっくりと肩を落とす九条。
佐々木「手塚さんってお料理得意なんだねえ。」
持田「ねえ。高校生でここまで作れるのってすごいよね。」
九条「本人はそれが特技だと全く思ってないけどな。」
佐々木「そうなの?」
九条「よく自分は何もないって言ってるから。料理も母親を助けたい一心でできるようになったって言ってたから、特技だって認識じゃないんだろ。好きみたいではあるけど。」
九条はそう言って、窓の外を眺め「何もないことないのに。」と呟く。その言葉に顔を見合わせる持田と佐々木。
佐々木「私、戻るわ。これ以上、保健室を開けられないし。」
持田「俺は伊織と一緒にお昼食べよーっと。」
九条「断る。」
持田「えー!いいじゃん!」
九条が断ることなどお構いなく、九条の横のデスク、自分のデスクに座る持田。
持田「俺もオムライスとか作ってくれる人がほしいなあ。」
と言いながら、机の引き出しからカップ麺を取り出す。
佐々木「眞にはいるでしょ。オムライスぐらい作ってくれる彼女。」
捨て台詞のように言って、部屋を出ていく佐々木。
持田「なんだよ。私が作ってあげようかぐらい言えばいいのに。」
唇を尖らせて不満を言う持田。
九条「そんな言葉、彼女が聞いたら怒るぞ。」
持田「あ、その彼女とは三日前に別れたの。伊織にも話そうと思ってたんだけど、最近、バタバタしてて言いそびれちゃった。」
九条「そっか。俺、結婚すると思ってたのに。彼女、眞のことすごく好きだったし。」
持田「結婚の話も出てたよ。だからかな、もう一度、自分の気持ちに正直になろうと思ったの。例え報われない思いだったとしても。」
九条「報われない思いねぇ……。」
持田の話を聞きながらオムライスを食べ続ける九条。
持田「美味しい?」
九条「ああ。」
正直に返事をする九条に、嬉しそうに笑う持田。
○学校・家庭科室・放課後
調理台の前にくるみと翠は隣同士で座っている。
翠「へえ、じゃあ席替えしちゃったんだ。」
くるみ「そうなの。私はど真ん中の席。高柳くんは一番後ろの廊下側。」
二人の前にはクッキーが置いてあり、それをアイシングしていく。
くるみ「でも、席が離れても連絡してくれるって。」
翠「良かったじゃん。」
星型の様々な大きさのアイシングクッキーを他の部員と一緒に完成させていくくるみと翠。
くるみ(先生にこの間もらったチョコレートみたい。明日、先生に持って行ってあげよう。)
翠「渡さないの?」
くるみ「へっ?」
翠「高柳くんに。」
くるみ「あっ……」
くるみ(私……先に先生のこと考えてた……。なんでだろう……。)
星型のクッキーをじっと見つめるくるみ。
○くるみの自宅・リビング・夕食後
くるみ(今日からお母さんは夜勤か……。)
ソファーの前に腰を下ろし、洗濯物を畳むくるみ。すると、くるみのスマホが鳴る。
蓮(ライチ)「今日もお疲れ様。新しい席、慣れた?」
くるみ(高柳くんからだ!!)
すぐに返信を打つくるみ。
くるみ(ライチ)「お疲れ様。全然。ど真ん中だから何だか落ち着かなくて。」
蓮(ライチ)「確かに手塚さんの席、本当に教室の真ん中だもんね。」
くるみ(ライチ)「高柳くんは?慣れた?」
蓮(ライチ)「俺も全然。隣、仲良いやつだけど、手塚さんの隣の方が良かったな。」
くるみ(私の隣の方がいい!!高柳くん!!そんなこと言ったら私、舞いあがっちゃうよ!)
ソファによじ上り、ごろんと横になるくるみ。すると立て続けにメッセージが入る。
蓮(ライチ)「そう言えば、隣街でコロコロわんわんのイベントがあるの知ってる?」
くるみ(私が行きたいと思ってたやつだ。)
くるみ(ライチ)「知ってるよー。期間限定でカフェがオープンするんだよね。私、行きたいって思ってて。」
蓮(ライチ)「俺も。もし良かったら一緒に行かない?」
くるみ「ええっ!!」
部屋に響き渡るくらいの大声が出る。
くるみ(ライチ)「いいの?一緒に行きたい。」
蓮(ライチ)「じゃあ約束。来週の土曜日が引退試合の初戦で翌日はオフなんだけど、手塚さんの予定的にはどうかな?」
くるみ(ライチ)「全然大丈夫だよ!」
くるみ(てか、高柳くんからのお誘いなら絶対に予定空けるよ!)
蓮(ライチ)「そしたら俺も予定しておくね。」
くるみ(うわーい!!高柳くんとのデート……ってちょっと待って……私、デートなんてしたことない!!てか、デートって何?)
慌ててスマホのアプリで「君にゾッコンラブ」の漫画を開くくるみ。
くるみ(太郎と花美はいつも楽しそうにデートしてるけど……私、こんなふうにできるかな?自信ないよ。)
○学校・数学準備室(翌日の放課後)
持田の椅子に膝を抱えて座るくるみ。
くるみ「どうしましょう……私、デートなんてしたことありません!!」
アップルティーとコーヒーを入れて自分の席に戻ってくる九条。くるみの前にアップルティーを置いてくれる。
九条「普通に楽しめばいいだろ。」
くるみ「それが難しいんです!!変なことをしたらどうしようとか思うじゃないですか!!」
九条「席替えして席が離れて落ち込んでたけど、高柳からデートのお誘いを受け、今朝も高柳は笑顔で挨拶してくれたなんて、いい感じに進んでるってことだ。気にするな。」
くるみ「本当にそうですか?」
九条「ああ。だいたい、高校生のデートなんて楽しいねって言って笑ってれば上手くいくよ。」
コーヒーを美味しそうに飲み、くるみのノートをデスクに広げる九条。
九条「難しかった問題、一緒にするんでしょ?」
まだ納得できずに膝に顎を乗せているくるみ。
くるみ「……九条先生は、どんなふうに彼女とデートするんですか?」
くるみ(……先生に彼女がいるなんて今まで考えたことなかったけど……先生に彼女がいてもおかしくないし、いなくても今までたくさんデートはしてきたはずだ。)
自分で聞いたのに、表情を曇らせて、もやっとするくるみ。
九条「そんなの生徒に教える必要ない。」
あっさりとくるみの質問を切る九条。
椅子から膝をおろし、椅子のローラーを足で転がして、九条に詰め寄るくるみ。
くるみ「隠すなんて怪しい!!教えてくれなきゃ今日は絶対に帰りません!」
くるみ(だってモヤモヤするんだもん。)
九条「あのなぁ……お互いの行きたいところに行って、美味しいものを食べてそれだけだよ。」
くるみ「そんなことないです。だって、先生は大人だもん。それだけがデートなわけないです。」
九条「それ以外に何があるって言うの?」
けろっとした顔をして、詰め寄るくるみの顔を覗き込む。九条に見つめられて、顔が赤くなるくるみ。
くるみ「て、手を繋いだり、キスをしたり……そう言うこともするに違いないです。だって、君にゾッコンラブの太郎と花美だってそうだもん。」
九条「また出たな、君にゾッコンラブ。」
くるみ「私の恋愛のバイブルですから。」
九条「そんなのをバイブルと言えるんだから、若いよね、高校生の恋愛は。キスだけで盛り上がれるんだから。」
くるみ「……。」
くるみを見つめる九条の瞳。鋭い眼差しによく映える整った顔立ち。今まで見ていた九条とは違う、くるみにとって知らない九条がそこにいる。一人の男の人としての九条伊織が。
九条から目を逸らすくるみ。胸のあたりがとくとくとして、きゅっとした鈍い痛みを感じる。
くるみ(私、この人のこと何も知らないんだ。好きなものも嫌いなものも、どうやって生きてきたかも。)
ぱしっと九条にかるく頭を叩かれるくるみ。
九条「ほら、課題するよ。」
もういつもの顔をしている九条。
くるみ「うーっ、分かってますよ。」
九条と肩を並べて課題に取り組むくるみ。胸の鼓動はまだ続いている。
九条「だからその公式も違う!」
くるみ「えー!?この問題、難し過ぎます!!」
くるみ(この胸の音なんて気のせいだよ……こんなの……)
くるみ「だって先生は鬼教師だもん!!」
九条「なんだ!?急に!!」
くるみ「ごめんなさい!つい、心の声が漏れました!」
九条「いいから、早く公式見つけろ!」
くるみ「い、今すぐ……と、言いたいところですが、先生、一緒に考えてください。」
その言葉に軽く溜息をついてから、くるみの頭を優しくなでる九条。
九条「全く。教科書出して。」
くるみ(また……心臓がうるさい。)
九条「教科書!」
くるみ「はい、今すぐ。」
くるみ(この音は気のせいだもん。絶対に気のせい。私は高柳くんだもん。)
九条「よし、今日はここまで。」
新しい課題をくるみのノートに書いて終わりを告げる九条。時刻は17時半を過ぎたところ。
くるみ「ありがとうございました。」
頭をぺこりと下げるくるみ。
九条「そう言えば……」
くるみに昨日のオムライスが入っていた紙袋を差し出す。
九条「ご馳走様。美味しかった。」
くるみ「先生に美味しいって言ってもらえて良かったです。」
少し間を開けてから
九条「何かお礼がしたいんだけど。」
と言う九条。
くるみ「そんなのいいですよ!いつも勉強見てもらってるし、話も聞いてくれるし。ほら、それにこの間、チョコレートくれたじゃないですか!それで十分です。」
九条「……。」
次の手を考えている顔をする九条。くるみがお礼を受け取ってくれるような手を。それに気付いて、くるみはパチンと手を叩く。
くるみ「じゃあ、これ一緒に食べましょう。昨日、部活で作ったんです。」
鞄から透明の袋に2枚入った星型のアイシングクッキー取り出すくるみ。
くるみ「女の子は見た目だけで可愛いイコール美味しいって思っちゃうんです。男の人はこう言うの好きなのかなって思って。高柳くんに渡そうか悩んでるので、可愛いとか関係のない気持ちで味見してほしいです。」
くるみ(部活で先生のことを想像したけど……違う、違う。私の好きな人は高柳くん。)
九条「君のお役に立てるなら。」
その返事にくるみは袋を開けて、九条にクッキーを渡す。
くるみ「先生のくれたチョコレートと同じ形でしょ。」
自然と嬉しそうに笑うくるみ。その姿に思わず視線を逸らす九条
九条・くるみ「いただきます。」
はむっとクッキーを齧る二人。
くるみ「どうですか?」
九条「美味しいけど、コーティングされてる分、ちょっと甘いな。」
くるみ「そうですよね……男の人には甘過ぎですよね。」
九条「まぁ、高柳は甘党だけどな。」
くるみ「ええっ!その情報は確かですか!?」
九条「前に話したんだよ。チョコレートならミルク。かき氷には絶対にシロップと練乳だって。」
くるみ「それなら美味しいかな、このクッキーも。」
九条「と、思うけど。」
九条(手塚が作った物ならなんでも美味いって言うだろうけど。)
○学校・下駄箱
蓮の下駄箱にクッキーの入った紙袋を入れるくるみ。入れてから蓮のライチに「昨日、部活で作ったクッキーを下駄箱に入れてます。良かったら食べてね!」と、コロコロわんわんのスタンプ付きで送る。
くるみ「さっ、帰ろう。今日はお母さん帰って来てる日だ。」
靴を履き変えて下駄箱を出て行くくるみ。
その姿を少し離れたところから、サッカー部のジャージを着た早苗が、くるみを睨みつけて眺めている。