(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業
9話
○街中・お昼時
駅に向かって歩いているくるみ。パフスリーブの白いブラウスにミントグリーンのチュールスカート、レモンイエローの小さめのショルダーバックを肩にかけて、3センチ程度のヒールのパンプスを履いている。髪もハーフアップにして、薄く化粧もしている。
くるみ(ドキドキしてきちゃった。ついに高柳くんとデートだよ。12時に駅って言ってたから、今の時間ならちゃんと5分前には着く。)
くるみが駅に着くと、既に蓮が駅の改札を抜けたところで待っている。スカイブルーのシャツに黒い綿のパンツ、ブランド物のスニーカーを履いている蓮。
くるみ「ごめんね、お待たせ。」
蓮の元に走り寄るくるみに、太陽すら負けてしまうぐらいの眩しい笑顔を作る蓮。
蓮「全然、俺も今来たところ。」
くるみ(今日も爽やか!!私服も爽やか!!)
蓮「……可愛いね。」
くるみ「えっ?」
蓮「今日の格好。」
くるみ「あ、ありがとう。」
くるみ(高柳くんに褒められちゃった!!)
くるみ「あの、高柳くんもかっこいいよ、すごく!」
蓮「本当?実はね、手塚さんと初めて私服で会うから、昨日の夜、一晩中悩んでたんだ。」
くるみ「私も!」
二人は顔を見合わせて笑い合う。蓮がくるみに自分の手を差し出す。少しの間、どれが正解か模索しつつ、蓮の手を握るくるみ。
蓮「行こっか。」
くるみ「うん。」
くるみ(楽しめばいいんだよね。先生がそうアドバイスしてくれたんだもん。)
二人は手を繋いで歩き始める。
○コロコロわんわんのカフェ・お昼時
壁にはコロコロわんわんのキャラたちのイラストが描かれている店内。丸テーブルになっていて、テーブルにはコロコロわんわんのテーブルクロスがかけられている。天井はシーリングファンが回っていて、窓は出窓で、可愛い中にお洒落の要素も忘れていないカフェになっている。
店員1「お待たせいたしましたー。」
白いシャツに黒いパンツ、胸ポケットにコロコロわんわんのキャラクターのクリップが挟んである。運んできたのはコロコロわんわんのメインキャラ、丸い犬の形をした生クリームの添えられたホットケーキとパスタ(お皿がコロコロわんわん柄)、コロコロわんわんのキャラの旗が刺さったハンバーグとポテトとサラダ、それから二人分の紅茶。
くるみ・蓮「すごく可愛い!!」
スマホのカメラを向けて全ての食事の写メを撮る二人。
店員1「お二人の写真も撮りましょうか?」
蓮「いいんですか?」
店員1「はい。」
くるみ・蓮「ありがとうございます。」
蓮がスマホを渡す。くるみと蓮、それぞれピースサインをして写真に写る。
蓮「あとで送るね。」
くるみ「ありがとう!」
運ばれてきた食事を取り分け、堪能する二人。
くるみ「可愛いだけじゃなくて、味も美味しいー!」
蓮「ハンバーグ食べた?ソースがいい味。」
くるみのお皿に最初に切っておいたハンバーグを載せてくれる蓮。それを一口食べるくるみ。
くるみ「本当だ。ハンバーグにすごく合ってる。」
蓮と友達同士のように会話を弾ませるくるみ。蓮の立ち振る舞いにカッコいいと何度も思うのに、胸が高鳴ることはない。
くるみ・蓮「ごちそうさまでした。」
掌を合わせて挨拶をする二人。
蓮「このあとどうする?」
くるみ(そっか。カフェに行こうって話しか決めてなかったっけ。せっかく楽しいのにこのまま解散なのかなあ……。)
蓮「俺、見たい映画があるんだ。もし、手塚さんがよければなんだけど……雨男と晴女って映画知ってる?」
くるみ「知ってる!私も見たいと思っていたの。」
くるみ(雨男と晴女は高校生の男女が繰り広げる恋愛ファンタジーアニメ。涙あり笑いありの最後はハッピーエンドってSNSでも話題になってるやつ。)
蓮「じゃあ、いい時間があったら見に行こうよ。」
くるみ「いいね、行こう、行こう。」
すっとスマホで映画の時間を調べてくれる蓮。
蓮「あと30分後に駅前の映画館でやってる。一応、座席も空いてるみたい。」
くるみ「やったあ。」
蓮「先に座席、予約しておくね。」
そこもスマートにこなす蓮。
くるみ(高柳くん、女の子とデートするの初めてじゃないのかな?って、そうだよね、ファンクラブがあるような人だもん。デートの一つや二つ、したことあるか。)
そんなことを想像するのに、落ち込むことのないくるみ。
映画館までの道程もきちんと車道側を歩いてくれる蓮。そのひとつひとつに「カッコいいー!!」となっているくるみ。
○映画館近くのカフェ・映画後
二人がけのテーブルの向かい合った席に座るくるみと蓮。あちこちに店舗を構えるチェーン店のカフェ。様々な客層がテーブル席を埋めている。二人はカフェオレを飲んでいる。
くるみ「すごく良かったね!」
蓮「いや、本当に。俺、もう一回見てもいいって思うもん。」
くるみ「私も。最後のシーン、分かった?死んでしまったと思っていたあの猫が映ってたよね。」
蓮「映ってた、映ってた。俺、あれ見てまじで泣きそうだったもん。」
くるみ「私、ちょっと泣いちゃった。」
一頻り、映画の話で盛り上がった二人。
蓮「あー、明日からまたサッカー漬けだなあ。」
くるみ「そっか。大会中だもんね。あ、初戦突破おめでとう。」
蓮「ありがとう。俺、今回もシュート決めたよ。」
くるみ「すごい!やっぱりサッカー上手いんだね、高柳くんって。九条先生も褒めてたよ。」
言ってからはっとするくるみ。そんなくるみに少し寂しげに笑う蓮。
蓮「手塚さんって九条先生と仲がいいよね?」
蓮の質問に言葉を詰まらせるくるみ。
蓮「毎日、数学の勉強を教えてもらっているの?」
くるみ(……やっぱり嘘はつきたくない。恋愛相談のことは言えないとしても。)
くるみ「数学の成績が悪くてね、九条先生に見てもらっているの。」
蓮「俺さ、正直、ちょっと九条先生に嫉妬してるんだ。」
くるみ「えっと……。」
言葉の意味が分からず、戸惑うくるみ。蓮を見つめ返すことしかできない。
蓮「手塚さんのことが気になっているんだ。」
くるみ「気になるって……」
蓮「もちろん、好きって意味で。」
くるみ「信じられない。」
蓮「どうして?好きじゃなかったらこんなふうにデートにだって誘わないよ。」
くるみ「だって、私なんて何もないもん。ただの女子高生で……ううん、それよりも何もできてないかも。高柳くんに好かれる要素なんて何も……」
蓮「そんなことないよ。笑顔も可愛いし、癒し系の雰囲気だし。」
くるみ(高柳くんからそんな素敵な言葉をもらえるなんて……)
蓮「それにね、手塚さんは俺のことを特別扱いしないから話しやすい。今日もすごく楽しかった。」
くるみ「私も今日はとても楽しかった。」
くるみ(俺のことを特別扱いしない……それって……)
蓮「もし、手塚さんが俺との先を考えてくれるなら、九条先生に数学を教えてもらうのは辞めてほしい。代わりに俺が教えるから。」
くるみ「……。」
好きな人が勉強を教えてくれると言っているのに、すぐに返事ができず躊躇うくるみ。すると、蓮はいつもくるみに挨拶をしてくれる時と同じ笑顔を見せてくれる。
蓮「手塚さんが一人で決めることではないと思ってる。だから、九条先生と話し合って決めてほしい。」
くるみ(高柳くん……。こんなに優しい人を私……)
○学校・下駄箱・始業前
くるみ(昨日は考え過ぎて一睡もできなかった。)
学生鞄を片手に登校してくるくるみ。自分の下駄箱で上靴に履き替えたところで腕をつかまれる。
早苗「ちょっといい?」
くるみ(鏑木さん……。)
いつも美人な早苗だが、くるみを見る目は別人のように釣り上がっている。しかし、それに怯むことのないくるみ。寧ろ、そうなるだろうとどこかで思っていた顔をしている。
○学校・体育館裏・始業前
早苗に腕を掴まれたまま、体育館裏まで連れてこられたくるみ。
早苗「蓮と二人で出かけたんですってね。」
くるみ(……鏑木さん、やっぱり知ってたんだ。)
早苗「サッカー部の部員たちが騒いでた。週末に蓮がデートするらしい。蓮から誘ったって。」
黙ったまま早苗の前に立つくるみ。
早苗「あんたみたいにどこにでもいる女がどうして蓮に好かれるのよ!」
突然、大声で叫びぶ早苗。思わず一歩後ずさるくるみだが、早苗から目をそらすことはない。
早苗「あんたなんて蓮には不釣り合いなのに!」
さらに叫び、そして泣き出してしまう早苗。
早苗「私はずっと蓮を見て来た。中学生の頃から蓮とは同じ学校でその頃から好きだった。」
くるみ「……。」
早苗「でも、その頃から蓮は高嶺の花だったから、蓮に見合う女の子になるために、少しでも綺麗になる努力をした。蓮が好きと言うものは好きになるようにしたし、高校ではサッカー部のマネージャーとして役に立てるように、サッカーのルールだって勉強した。」
くるみ(鏑木さん、そんなに強く高柳くんのことを……。)
早苗「高校に入っても蓮の人気が間違いないことは明らかだったから、蓮の隠れファンクラブを作ったのよ。そうすればみんな、アイドルを応援する感じで蓮のことを見るようになって、好きとは別の目の保養として思ってくれるから。」
そこまで言って、早苗は泣き腫らした顔で、くるみの頬を平手で強く叩いた。早苗のそんな行為にもくるみは早苗から目を逸らすことをしない。ただじっと彼女を見つめている。
早苗「これで全てがうまくいく、そう思っていたのに。どうして私の眼中にも入らないようなあんたが蓮の目に止まるのよ!」
くるみ「……。」
早苗は涙で真っ赤になった目を手の甲で擦ると、踵を返してそのまま立ち去ってしまう。
残されたくるみはただその後ろ姿を見つめていた。叩かれた頬に手を当てることもしない。
くるみ(鏑木さんの高柳くんへの思い……すごく強いもの……でも……)
昨日、自分に気持ちを伝えたくれたときの蓮の顔を思い出すくるみ。「俺のことを特別扱いしないから。」と言って笑った蓮の寂しげな顔を。
○学校・下駄箱(始業前)
くるみ(頬が痛い。でも……鏑木さんが悪いわけじゃない。)
赤い頬のまま教室に向かう階段を上ろうとするくるみ。そんな時「手塚さん。」と呼び止める声がする。
くるみ「佐々木先生。」
佐々木「どうしたのその頬?ただ事ではないわよね。」
くるみ「……自業自得なんで大丈夫です。」
佐々木に背を向けて立ち去ろうとするくるみ。そんなくるみの腕を掴む佐々木。
佐々木「養護教諭としてその頬は放っておけないわよ。」
くるみ「……。」
佐々木「若い頃から顔に痣なんて作るものじゃないわよ。」
返事のできないくるみに有無を言わせないぐらいの強さで腕を引いて歩き出す佐々木。
佐々木「担任の先生には具合が悪くて保健室で休むって伝えといてあげるわ。」
○学校・保健室(1時間目)
佐々木にタオルに包まった氷を渡され、ソファーに座るように指示され、言われるままにソファーに腰掛けるくるみ。
佐々木「1時間もそうしていれば、痣にはならないと思うわ。」
くるみ「ありがとうございます。」
ソファーに腰を下ろした途端、体の力が抜けて、そのまま立てなくなってしまうくるみ。
くるみ(あんな風に同級生に呼び出されて絡まれたこと、今までもちろんなかった。)
気が付いたら肩のあたりが震えているくるみ。そんなくるみを見つめながら、ソファーから少し離れた自分のデスクに腰を下ろす佐々木。
佐々木「鏑木さんと何かあったんでしょう?」
どうして分かったのと言いたげに、目を見開いてから頷くくるみ。
佐々木「じゃあ、手塚さんの好きな人は高柳くんだったんだ。」
くるみ「……。」
佐々木「鏑木さんが高柳くんのことを好きだと言っている女の子に詰め寄ることはよくあるのよ。鏑木さんに罵声を浴びせられたって、泣きながらここに来て休む子もいるんだから。」
くるみ「そうなんですね……。」
佐々木「でも、ケガまでしているのに、泣かないだけ逞しいわね、手塚さんは。」
佐々木の言葉に、被りをを左右に振るくるみ。
くるみ「違うんです。鏑木さんの方が高柳くんを好きなんだって気付かされて、自分の好きはなんだったんだろうと思ったんです。」
くるみ(私はあそこまで強く高柳くんを思えない。)
佐々木「そうね、人を傷つけることは間違っているけど、鏑木さんの気持ちは確かに他の子よりも強いと思う。でもさ、手塚さんの本当に好きな人って高柳くんじゃないわよね。」
くるみ「私の本当に好きな人……」
佐々木の言葉をくるみが自分の中で噛み砕こうとした矢先、保健室のドアが開く。ドアを開けて中に入ってきた人はすぐにくるみの傍に歩み寄る。
くるみ「九条先生……。」
九条「佐々木から手塚が階段から落ちて大ケガをしたって聞いた。」
頬に当てた氷をもつくるみの掌を自分の掌で包み込む九条。
九条「大丈夫か?」
くるみ(先生……額に汗が浮かんでる。)
コトリとくるみの心臓が音を立てる。佐々木の「本当に好きな人は高柳くんではない」と言う言葉が、くるみの胸に鈍い痛みを走らせる。
くるみ「……ケガは平気です。大したことないです。でも……胸が痛いです……」
瞳からはらはらと涙を落とすくるみ。九条に見られたくなくて俯く。ふっとため息をついて、くるみの頭をぽんぽんとする九条。
九条「俺は今日、手塚から高柳とデートして超幸せでしたって話を聞かされるつもりでいたんだけど。」
○学校・相談室(1時間目)
佐々木に保健室の隣の部屋、相談室を貸してもらったくるみと九条。ソファーに並んで腰掛ける。
くるみ「先生、授業は大丈夫ですか?」
九条「今は空き時間だから平気。てか、泣いてるくせに人の心配しなくていいから。」
くるみ「……。」
九条「それで、ケガは?階段から落ちたって聞いたけど。」
くるみ「それは佐々木先生の嘘です。」
九条「嘘!?じゃあなんで頬……」
そこで黙る九条。蓮やその周りと何かあったことを悟る顔をする。
くるみ「……先生、もし私が高柳くんが勉強を教えてくれることになったから、九条先生から勉強を教えてもらう必要はないって言ったらどうしますか?」
九条「そりゃ、好きな人に教えてもらえて良かったなって答えるよ。」
くるみ「……私の好きな人って本当に高柳くんですか?」
くるみが九条の顔をじっと見つめる。九条の表情は変わらない。
九条「自分が最初にそう言って、俺に相談してきたんだろう。」
くるみ(そうだ。そもそものきっかけは……でも、私、これからも九条先生と一緒に話したり勉強したりしたい。)
くるみ「先生!」
決心した顔をするくるみ。
九条「何?」
くるみ「3日待っていてください。」
九条「み、3日!?」
くるみの話が理解できていない九条。
くるみ「自分できちんとケジメをつけます。何もない私だけど、何とかしてみようと思います。」