(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業

7話


○学校・教室・始業前

チャイムが鳴るギリギリに教室に入ってくる蓮。

くるみ「おはよう。」

蓮「おはよう。」

机に鞄を置いて支度を始める蓮。

くるみ「昨日はお疲れ様。」

蓮「こちらこそ来てくれてありがとう。夜は結局、あのまま寝落ちしちゃった。」

お互いに穏やかな笑みを浮かべながら会話をするくるみと蓮。

くるみ「2試合もすると大変なんだね。」

蓮「強い相手だから尚更ね。今年の引退試合はいい結果が残せそうだから、顧問も張り切ってるんだよ。」

くるみ「そうなんだ。それで、2試合目も勝てた?」

蓮「もちろん。俺、またシュート決めたんだよ。」

くるみ「すごい。1試合目にシュート決めた高柳くん、すごくカッコ良かったよ。」

くるみの言葉に頬を赤らめる蓮。

くるみ「きっと2試合目のシュートもすごいのだったんだろうなあ。ファンの子たちもキャアキャア言っちゃうような。」

次のくるみの言葉にすっと表情を曇らせる蓮。そのことには気付いていないくるみ。そこへ担任が教室に入ってきて、二人は自然と前を向く。



○学校・数学準備室前・放課後(16時30分)

廊下を早足で歩くくるみ。くるみ以外に生徒の姿はない。

数学準備室の前で九条とばったり出会うくるみ。

くるみ「あ、先生!約束の時間だから来ました。」

2日ぶりに九条に会って、本人は無意識だが嬉しそうな顔をするくるみ。やはりそれに気付いている九条。

くるみ「先生に話したいことたくさんあるんですよ。」

九条「ごめん。今から会議なんだ。急に入っちゃって。」

詫びを述べる九条に、寂しそうに微笑むくるみ。

くるみ「お仕事だから仕方ないですよ。」

九条「ごめんね。」

くるみ「……先生、どこかで待っててもいい?」

迷惑はかけたくない。だけど、先生と話したいと言う思いに揺れ、遠慮がちに九条を見上げるくるみ。

九条「帰るの遅くなるよ。」

くるみ「平気です。家でしないといけない課題と予習を学校でするだけだから。それにお母さんも夜勤だから。」

軽く息を吐いた後、九条の手がくるみの頭をぽんぽんと二回叩く。

九条「相談室で待ってな。佐々木に部屋を貸してってメッセージ送っとくから。その代わり、18時になっても来なかったら、その時はきちんと帰ること。」

くるみ「はぁい。先生、行ってらっしゃい。」

そう言って来た道を戻って行くくるみ。


持田「本当に可愛いよねぇ。」

いつの間にか九条の後ろに立っていて、九条の肩に自分の腕を回す。

九条「邪魔。」

その腕を邪険に払いのける九条。

持田「手塚さんって犬っぽいよね。飼い主に会えたらいつでも尻尾振って。」

九条「おい、俺はあいつの飼い主じゃないからな。」

持田「なんで?」

九条「彼女、好きな人いるから。」  

持田「嘘ー!?ないでしょ!ないない!」

一人騒ぐ持田を放って、会議室に向かうため歩き出す九条。

持田「あ、待って、伊織。俺もその会議に出るから、一緒に行こうよ。」

九条「断る。」

持田は先行く九条に走って追い付き、一緒に歩き出す。



○学校・保健室・放課後(16時40分)

保健室の中央に置かれた丸テーブルに、保健室の佐々木に促されて腰を下ろすくるみ。

佐々木「九条から聞いたわ。これどうぞ。」

相談室の鍵を差し出される。

くるみ「ありがとうございます。」

佐々木「手塚さんって時々、ここに来るよね。頭痛とか生理痛とかで。」

くるみ「はい。お世話になってます。」

深々とくるみが頭を下げると、佐々木は笑ってくれる。

佐々木「ねぇ、いつから伊織とそんな関係なの?」

興味津々の顔でくるみの斜め前辺りに腰を下ろす。

くるみ「九条先生にお話を聞いてもらうようになってから、もうすぐ1か月になります。」

佐々木「きっかけは?」

くるみ「九条先生が私の好きな人に気付いて、それから勉強を見てもらいながら、恋愛相談にのってもらっています。」

佐々木「ちょっと待って!!ストップ、ストップ!!」

掌を前に突き出して、くるみの話を静止する。

佐々木「好きな人って、手塚さん好きな人いるの?」

くるみ「はい。」

佐々木「それって同級生?」

くるみ「はい。あ、これ以上は内緒ですよ。だって私が好きって言うのも失礼なぐらいの人だから。」

頬を少し染めるくるみ。佐々木は、信じられないと言った顔をしている。

くるみ「先生、どうかしましたか?」

佐々木「同級生に好きな人ねぇ……まぁ、いいわ。もし、これから先、伊織には話せない困ったことがあったら、私のところに来なさい。」

くるみ「九条先生に話せないぐらい困ったこと?」

理解できず、ぽかんとした顔をするくるみ。

佐々木「眞よりも私の方が絶対に役に立つから。」

くるみ「はい?ありがとうございます。」

よく分からないまま、とりあえずお礼を言うくるみ。


○学校・相談室・放課後(17時45分)

くるみ(会議、長引いているのかなぁ……。)

相談室の壁に掛けられた時計の針が17時45分を刺す。

くるみ(課題も予習も全部終わっちゃった。)

相談室の机に突っ伏して、そのままゆっくりと瞳を閉じるくるみ。そうして眠ってしまう。

その10分後、九条が相談室に姿を見せる。眠っているくるみの姿が視界に入る。

九条「本当に君だけは……なんで俺のことなんて待つかな。」

くるみの隣に座り、くるみの横髪を手ですく九条。

くるみ「……先生?」

ぼんやりとした状態で目を開けるくるみ。

九条「遅くなってごめんね。」

くるみ「ううん。来てくれて嬉しいー。」

そう言って、寝ぼけた状態のまま九条に抱き付くくるみ。

九条「ちょっ……待て、手塚!!落ち着け!!」

急にくるみが抱き付いてきたため、バランスを崩して、相談室の絨毯に倒れ込む九条。その上にくるみがのしかかっている。

くるみ「先生……」

消え入りそうなくるみの声。そして小さく寝息をたてる。

九条「……マジかよ。」

一瞬躊躇ったあと、自分に覆い被さるくるみの後頭部に優しく手を触れさせたあと、くるみを絨毯にごろんと転がして起き上がる九条。

そうして、くるみをお姫様抱っこして持ち上げて、相談室のソファーに横にならせて、自分のスーツの上着をかける。

机の上にある[九条先生用]と書かれた数学のノートを広げる九条。

九条「偉いよね。ちゃんと課題はしてくるんだから。」

赤ペンでくるみの解いた問題に花丸を付ける。


自分の腕時計に目をやってから、くるみの肩の辺りを揺さぶる九条。

九条「起きて。最終下校時刻。」

くるみ「うーん……」

ゆっくりと瞼を開けるくるみ。自分の顔を覗き込む九条と目が合い、跳ね上がるように起きる。

くるみ「先生!あれ?」

周りを見渡すくるみ。自分の腰の辺りにかかっているスーツの上着に気付く。

くるみ「先生……これ……」

くるみからスーツの上着を取り、羽織る九条。

九条「よく寝てたから、ソファーに運んだ。」

くるみ「ええっ!?あの…その…めちゃくちゃ重かったですよね?」

九条「いや、別に。」

くるみ「絶対に嘘ですよー!!昨日、翠ちゃんとオムライスとアイス食べて家に帰ったら、お母さんがケーキを買ってきてくれていて、それも食べちゃったんです。そのせいで、今日の私はいつもの私より500g重たいんです!!」

九条「そんなの分かるか!!」

全くと言いたげな九条。くるみにノートを差し出す。

九条「今日の課題、よく出来ていたよ。」

すぐに受け取ろうとしないくるみ。

九条「何?」

くるみ「寝ちゃった私が悪いんだけど、先生と全然話せなかったなぁって。」

しょんぼりと項垂れているくるみ。

九条「悪いのはお互い様。会議が長引いて俺も遅くなったから。」

くるみ「先生はお仕事だもん。悪いなんて言わないでください。」

ようやく九条からのノートを受け取るくるみ。その顔は無理して笑っているとしか言えない。

くるみ「今日は帰ります。ノート、見てくれてありがとうございました。」

鞄にノートを入れようとするくるみの腕を反射的に掴む九条。

くるみ「先生?」

九条「あー、もう!!ダメなんだよ、本当はこういうの。」

今度は黒ペンを取り出して、くるみのノートを手に取ると、相談室の机を使って、何かを書き連ねる九条。

九条「今日みたいな時だけ。」

九条からくるみに渡したノートにはライチの番号が書いてある。

九条「メッセージは返さないからな。電話だけ。」

その番号を見て、ぱぁっと表情を明るくさせるくるみ。

くるみ「いいんですか?」

九条「今さらダメなんて言わない。」

くるみ「先生」

九条「何?」

くるみ「むふふっ……むふっ……」

九条の番号を見ながら、にやにやと笑うくるみ。

九条「その笑い、怪し過ぎるから。」

くるみ「だって嬉しさを隠しきれないんです。今日の夜、電話してもいいですか?あ、でも、先生も用事ありますよね……はしゃぎ過ぎてごめ…」

くるみが「ごめんなさい」と言う前に、九条がくるみの頭にこつっと自分の拳を当てる。

九条「生徒が教師に遠慮するな。今日かけていいから、渡したんだろ。」

その言葉に瞬きをするくるみ。

くるみ「今日の先生、優しい。」

九条「今日のってなんだよ、今日のって。いつでも優しいだろ?」 

くるみ「はいはい、いつでも優しいですよ。数学の問題を間違えたら鬼教師だけど。」

九条「鬼教師って。」

そう言いながらも、九条とくるみは顔を見合わせて笑い合う。

くるみ「先生、帰ります。最終下校時刻になっちゃうから。」

九条「気を付けろよ。」

くるみ「はい。先に部屋を出ますね。みんなに見られたらよくないし。」

九条にいつものように小さく手を振って部屋を出るくるみ。九条も軽く手を上げて挨拶を返す。

くるみが出た後、相談室のテーブルに自分のタブレットを置いて、仕事を始める九条。

九条「家に着いたら連絡してって、君が高校生じゃなかったら言うのにね。」

無意識で一人言を呟く。


○くるみの自宅・くるみの部屋(23時)

自分のスマホを握りしめ、部屋を行ったり来たりするくるみ。

くるみ(どうしよう。先生に電話していいのかな?いいよね、そのために連絡先教えてくれたんだもん。)

ベッドに座って登録した九条の連絡先の通話ボタンを押すくるみ。コールが鳴る度に胸の鼓動が速くなる。

九条「もしもし?」

くるみ(先生の声だ!)

くるみの胸は高鳴って、きゅーっとする。

くるみ「先生……起きてましたか?」

九条「起きてたよ。明日の小テスト作ってた。」

くるみ「えー!?明日も小テストするんですか!?」

九条「冗談だよ。さっき風呂上がったところ。」

くるみ「そうだったんですね。」

くるみ(先生って一人暮らしだよね?お昼もいつもコンビニだし。)

九条「で、楽しかったの?サッカーの試合。」

くるみ「はい!すごく。帰りにね翠ちゃんとオムライスも食べに行って、一杯おしゃべりしました。」

九条「オムライスいいね。」

くるみ「駅前に美味しいところがあるんですよ。もしかして、先生、オムライス好きですか?」

九条「似合わないって言うかもしれないけど、一番好きな食べ物。」

くるみ「ふふっ。そうなんだ。」

くるみ(オムライスが好きな食べ物なんて、ちょっと可愛い。)

ベッドにうつ伏せになり足をぱたぱたさせながら話をするくるみ。

自分の部屋のソファーに腰掛け、スマホをスピーカーにして、サイドテーブルで生徒の小テストの採点をしながら、話をする九条。

九条「てか、高柳の試合はどうだったの?君はそれを聞いて欲しいんでしょ。」

くるみ「そうでした。高柳くんとは試合の前と後に声をかけてくれて、私、すごく穏やかな気持ちで話せました。」

九条「穏やかな気持ちねぇ……」

くるみ「それに、シュート決める姿とかすごくカッコよかったです。ファンの子もたくさん来てたけど、みんな歓声を上げていて。」

九条「さすが高柳だな。人気もだけど、あいつのサッカーのレベル、かなり高いからな。」

くるみ「そうなんですね。先生、高柳くんのこと詳しいですね。」

九条「まぁ普通に話ぐらいするし。」

くるみ「えー!!いいなぁ……私も混ぜてください!!」

九条「いやいや、それややこしいことになるから止めて。」

くるみ「ややこしいこと?」

九条「ややこしいことはややこしいこと。それより手塚、今回のテスト、70点だったぞ。」

くるみ「本当!?最高得点ですよね、先生!」

九条「そっか、そうだな。今回、数式とかも変えたのに頑張ったな。」

くるみ「嬉しい。先生がいつも見てくれるお陰ですね。」

スピーカーから流れるくるみの声を、スマホの方を見つめながら聞く九条。一番難しい問題を正解しているくるみ。そこの問題番号に花丸をつけてあげる。

九条「明日は部活だっけ?」

くるみ「はい。」

九条「じゃあ水曜日の放課後ね。」

くるみ「先生に会えないの寂しい。」

ぽつりと一人言のように呟くくるみ。電話越しにその声を聞きながら、採点をする手を止める九条。

九条「……明日の朝ならノートを受け取るぐらいはできるけど。」 

くるみ「本当ですか?」

九条「片付けたい仕事があって、少し早く出勤してるから。」

くるみ「じゃあ持って行きます。数学準備室にいますか?」

九条「ああ。」

くるみ「学校に着いたらすぐ行きますね。」

九条「じゃあ、また明日。」

くるみ「はい。先生……おやすみなさい。」

九条「おやすみ。」

九条のお休みの声に頬の色が染まるくるみ。

くるみ(おやすみだって。先生のおやすみの声、初めて聞いた。)

電話が切れてベッドで体を丸めるくるみ。胸の辺りがずっときゅーっとしている。

くるみ(耳にまだ先生の声が残っている。)

「うーっ」と唸りながら、布団を頭の上まで被って目を閉じるくるみ。


○くるみの自宅・キッチン(午前7時)

くるみ「完璧!」

キッチンの調理台に二つのお弁当箱。お弁当箱の中身はオムライスと彩りとしてブロッコリーやトマトなどの野菜が添えられている。

くるみ(支度しなきゃ。その前に……)

スマホを開けるくるみ。画面にはお母さんの文字。

くるみ(ライチ)「夜勤お疲れ様。学校に行ってくるね」

くるみ(それから……)

リビングのドアの近くに飾られている父親の写真の前に立つくるみ。

くるみ「お父さん、いってきます。」



○学校・数学準備室(始業前)

ノートパソコンを打つ九条。部屋には九条しかいない。その時、ノックの音がする。

九条「開いてるよ。」

と九条が言うと、ドアが開いて、ひょこっとくるみが顔を覗かせる。

くるみ「おはようございます。」

九条「おはよう。」

くるみ(昨日の夜、先生におやすみって言われて、今、こうやっておはようって言って、なんだかすごく不思議な感覚。)

九条の元に歩み寄るくるみ。ノートパソコンを閉じて、くるみの方を向いてくれる九条。くるみに隣のイスをすっと差し出してくれたので、そこに座るくるみ。

くるみ「今日の課題、持ってきました。」

九条「どうだった?」

くるみ「すーっごく難しかったです!!」

九条「だろうな。あえて難しいの出したし。」

くるみ「えー!?」

九条「そろそろこれぐらい解けるかなって思ったけど、まだ早かったな。」

くるみ「早過ぎです。」

九条「明日、また一緒にやるか。」

そう言って微笑む九条の姿に、くるみはまたドキッとしてしまう。

くるみ「そ、そうだ。先生、これあげます。」

九条に紙袋を差し出すくるみ。謎の贈り物をひとまず受け取る九条。

くるみ「オムライスです。先生が好きって言っていたからお礼に作ってきました。」

九条「……。」

くるみ「ほ、ほら、先生、いつもお昼ご飯がおにぎりとかパンだから心配で……栄養あるもの食べないとダメですよ!」

九条「まさか生徒に食生活まで心配されるとはな。」

くるみ「すみません!!図々しかったですか?」

一気に落ち込むくるみの頭を優しくわしゃわしゃと撫でる九条。

九条「いや、ありがとう。オムライスなんて久しぶりに作ってもらった。」

くるみに笑いかけてくれる九条。

くるみ「先生……あの……」

その時、がらっと数学準備室のドアが開く。

持田「おはよー、伊織!」

びっくりして、椅子から飛び上がるくるみ。

持田「ごめーん、邪魔した?」

九条「お前……もっと静かに入ってこいよ!」

持田「だって、なんかいい感じだなあーって。こっそり覗くのも悪いからあえて大声で挨拶してみました。」

九条「なんだよ、いい感じって。課題もらってただけだから。」

持田「てか、鍵かけなよ。基本は職員室でみんな仕事するから、この部屋、俺と伊織以外にあまり使う人いないけど、なんかあったら大変だよ?」

九条「……お前にしては真っ当な忠告。」

二人を交互に見るくるみ。そうして、自分の鞄を手に取る。

くるみ「先生、私、教室戻ります。ホームルーム始まっちゃうから。」

九条と持田に一礼して立ち去るくるみ。その後ろ姿を眺める持田。

持田「どうするの?これから。」

九条「何が?」

持田「手塚さん。いずれ本人が気付く時がくるでしょ。」

九条「俺と手塚は教師と生徒だ。」

持田「もう、本当に伊織は頭硬いね。いずれ彼女は卒業するんだから、唾ぐらいつけとけばいいのに。」

九条「……バカ言うなよ。」

くるみの作ってくれたオムライスの入った紙袋を持って、席を立つ九条。

九条「朝の職員打ち合わせが始まるから行く。」

持田「俺も行くって。」

部屋を出ていく二人。



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