人生 ラン♪ラン♪ラン♪ ~妻と奏でるラヴソング~ 【新編集版】
「見本を作りましょう」
 常務が反対していることを伝えても,乾は諦めようとはしなかった。
「バイヤーに対する心配がお強いようですので、その懸念を取り除くことが最優先だと思います。そのためにも、ネーミングと包装、JANコードを変えた商品を見ていただく必要があります。実際に見ていただければ、その違いを理解していただけるはずです。〈百聞は一見に如かず〉と言うではありませんか」
 彼女は印刷業者に頼み込んで、1週間でその見本を作り上げた。
「四季の花々をデザインしてみました」
 包装紙には、桜、バラ、ユリ、シクラメンが美しく咲いていた。
 モノトーンで何の変哲もない歳暮用の包装紙とは比べものにならないくらい素敵だった。
 それだけでなく、予想外の提案をぶつけてきた。
「百貨店の歳暮用セットは『プレミアムおでんセット』というネーミングですけど、通販用は『健やかに美しく素敵なあなたへ』というネーミングにしてみました」
 どうでしょう、というような表情になったあと、自信ありげな笑みを浮かべた。
 わたしにはまったく考えつかないネーミングであり、包装紙のデザインだった。
 しかし、それがいいように思えた。
 女性の心をつかむには女性の声を反映させるのが一番に違いないからだ。
「これなら百貨店のバイヤーがクレームをつける心配もないし、スーパーマーケットのバイヤーも、自社の店頭で扱う製品ではないことを理解してくれると思う。さっそく、担当役員に見せてくる」

 アポを取って、その日の内に大阪へ移動した。
 そして、ホテルで何度も説明の練習を繰り返した。
 今度「NO」と言われたら(あと)がないからだ。
 酒を一滴も飲まず深夜までそれを続けた。
 
 翌朝、ホテルの窓から外を覗くと、どんよりと曇っていた。
 嫌な予感がしたが、ブラックコーヒーでそれを飲み込んで会社へ向かった。


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