メガネを外したその先に
数日に一回、先輩は寝る前に電話もくれた。


塾の先生の口癖が変わってて面白い、とか。

帰り道に見つけたカフェに今度行こう、とか。


他愛もない話を穏やかな口調でしてくれて、私もその日あった出来事を話す。

友達もいない私が話せる内容なんて大したこともないのに、相槌を打ちながら楽しそうに話を聞いてくれる先輩の優しさがじわりと沁みる。


十回以上電話を重ねたある日、電話を切る間際に先輩が初めて私の下の名前を呼んだ。


「希、おやすみ」


咄嗟に上手な返しができなくて、私は先輩の下の名前を呼ぶことができなかった。
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