君の手を
「調子は?」

看護師さんは見回りの途中だったのだろう。特に私に用事がある様子ではなかったが、私が目を覚ましたので一応私の調子を聞いてきた。

「平気です。ただちょっと喉が乾いたかな。お茶買いに行っていいですか?」

「お茶ならそこのポットに冷えたのが入ってるわよ」

看護師さんはベッドの傍らにある小さなテーブルの上に置かれた小さなポットを指差した。


「いえ、飲みたいのがあるんで、買いに行きます」

私は体を起こしスリッパを履き、真夜中の病院の廊下に出た。


非常灯がついているだけの暗い廊下。それはまるで私をあの世へと導く地獄への回廊。


私はその中を彷徨い歩いた。


角を曲がるとそこには明るく輝く自販機があった。

自販機の機械的で無機質な明かりが、私の心を何とか地上につなぎ止めた。

私はコインを入れて、アイスミルクティーを買った。
缶を取り出すためにかがんだ私に誰かの人影が重なる。


[ハイ、お前の好きなアイスミティー]

「雅人!!」





「ごめん、驚かせたかな」

私のアイスミティーを取り出してくれた人は、雅人に良く似た優しい笑顔を見せた。

「小西先生…」

「眠れないのかい?」

小西先生はそう言いながら、自分も自販機にコインを入れ、コーラを買った。


「お仕事終わったんですか?」

小西先生は白衣ではなく、ポロシャツにスラックスのラフな格好をしていた。

「朝の四時だからね、今はプライベート」

「じゃあ、プライベートな質問してもいいですか?」

小西先生はいいよ、と言ってそばにある背もたれのないベンチに腰掛けた。私にも座るように促す。

私は小西先生の右隣に座った。


そのベンチは、雅人が病室から出てくる私を迎えてくれたベンチだった。

少し猫背ぎみに座る小西先生に雅人の面影が重なる。

「雅人くんは元気ですか」

聞いてどうなるわけでもないけど、やはり雅人の近況は知っておきたかった。


「あ、ああ。元気にやってるよ」

何故か歯切れの悪い返事が返ってきた。

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