引きこもり婚始まりました〜Reverse〜
挨拶回りは億劫だ。
年齢から自分は上だと思っている人間の相手は退屈だし、立場を気にして下手に出られるのも、それはそれで醜く映る。
「先日はありがとうございました」
(女神様の降臨を見せてあげたのに、俺がお礼を言うのか……)
オフィスに呼びつけたのは俺なのに、その態度を見ると目の前の男は完全に前者。
もちろん、納得はいかない。
断じて、未来永劫、天と地が引っくり返ってもそんな日は来ないだろう。
(まあ、仕方ない……)
女神様の存在自体がレアなのだ。
生きているうちに女神と出逢うなんて、誰もが想像し得ない。彼女を、
ただの美しくて可愛くて………(無限ループ)最高に素晴らしい女性
……だとしか識別できない生物であるということ。
つまり、仕方ないということなんだろう――それに。
「いや、大変だったね。お兄さんだから、式にはそりゃ来るだろうけど……でも、よかった。奥さん、優冬くんの隣で幸せそうだったよ。何事も起きなかった……んじゃないね。優冬くんがずっと守ってたんだから」
「そう見えていたのなら嬉しいです。彼女には辛いことばかり起きたから……あ、でも、俺が目を光らせてたなんて、彼女には教えないでくださいね。これ以上、兄との間に挟んで、悲しませたくないので」
当たり前だ。
俺はめぐを幸せにする為にいるんだし、その為に排除するものは全部容赦なく取り除いている。
それが残念なことに、兄だったというだけ。
「ここだけの話、お父様は会社を一人に任せる方針に切り替えていかれるようだね。これまでは、二人で補い合ってと仰っていたけど。優冬くんもますます忙しくなると思うけど、何かあったら遠慮なく頼ってください」
「それは心強いですね」
随分、あちこちに散らばった「ここだけの話」だ。
媚びを売るのでもなく、恩を売るほどでもなく。
プライドなのか打算なのか、わりと上からだった口調を最後だけ取って足したように敬語にしてみたりと彼らもまた忙しそうだ。
それもまた、お互い様ではあるが。
(いつか、どこかで使えるかもしれないし。現状維持かな。春来側の人間って、実際あとどれくらい残ってるんだろ。何にしても)
――完璧な世界まで、もう少し、かな。
焦りは禁物だけど、急ぎたくはある。
だってもう、女神様をお迎えしたんだから。
(……さて……めぐは、そろそろ家に着いてもいい頃だけど……)
イヤホンからは、それらしい音は聞こえない。
先に帰して結構経ったのに、心配で心配で心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
でも、次に聞こえた鈴を転がしたような可愛い声で、一瞬でその理由が分かった。
『……修司くん……? 』
「先輩」――昔は、そう呼んでた。
それも、ものすごく辛くて、あの頃の記憶が一気に蘇る。
めぐが初めて選んだ男は、まさか俺なんかじゃなくて、春来ですらなくて――ノーマークだった年上の男だった。
『久しぶり』
どうやら場所はどこでもない路上で、会話も昔を懐かしむだけの他愛もないもの――そうだとしても。
「……めぐ……」
(別れた時、あんなに泣いてた。何が悪かったんだろうって……めぐに悪いところなんてあるわけないのに)
心身ともに傷つけて、傷口から中に押し入って――なのに、あんなに泣かせた。
たとえめぐ本人が忘れてたって、俺は今でもその怒りや悔しさをありありと思い出せるのに。