引きこもり婚始まりました〜Reverse〜
それから数日、短い「二人の引きこもり生活」を堪能した。
それは本当に、天界にでもいるような幸せだったけど――どうしたって、俺は地上に戻らないといけない。
(……とはいえ、今日も女神様と一緒だけど)
「ご機嫌だね」
俺のオフィス、他の誰の目に留まることもない閉ざされた空間。
内線に事前連絡もなしに、ここには誰もやって来ない。
万が一急用ができてもノックくらいはするだろうし、出るか出ないかは俺の判断だ。
そうだというのに、この女神様は。
「だって……」
「“だって、盗聴器がないんだもん” ? 」
――本当に、底なしに、可愛い。
「ちょっとは信じてくれたかなって、嬉しいんだよ」
「何度も言ってるのに。君のことは信じてるよ。誰よりも……というより、俺が本当に信頼してるのは、めぐだけ」
たとえ、裏切られても許せるくらい――それは、あまりに重すぎるし悲しませてしまうから、胸に秘めて。
「嫌なら……嫌に決まってるし、普通必死で探して捨てるでしょ。君って、本当に……」
「馬鹿だよね。でも……それ自体よりも、仕掛けないといけないって優冬くんが思ったことの方が悲しいんだ」
馬鹿、なんだと思う。
でも、それは世間一般のごく正常な人間の感想で、俺とは違った。
「そ、それにね。そ、その……変なとこは聞かないでくれてるじゃない? ……きっと」
「生活音で興奮する変態ではないから。よかった、そこ理解してくれて」
「……り、理解はできないけど……」
優しい。
こんな俺を愛してくれていると。
そう思ってしまうことからして、申し訳ないけれど。
「……その。だから、優冬くんが少しは安心してくれたのなら、よかった」
そんな気持ちになる彼女もまた、きっと狂っているのだろう。
俺を好きになってくれた時点で、女神様は壊れてしまったのかもしれない。
晴れやかな笑顔を浮かべる彼女を見て、自分で狂わせて、壊しておきながら愛しいと――そう思う俺は最低だ。
「……うん。ありがとう」
恐らく彼女自身、まともな感覚じゃないと気がついている。
それでも、俺といることを選んでくれた。
春来でもなく、初恋の先輩でも、同じくずっと好きでいて告白できなかった友人でもなく、俺を。
「ねえ、ちょっとお願いしてもいいかな。実はこの書類、本当は午前中に持っていかないといけなかったんだって」
「えー! 実はって……結構早く気づいてたんでしょ……。というか、そもそも忘れてなかったよね? 」
ジトッと見上げてる瞳も、なぜか染まった頬も可愛い。
「めぐといる時間優先。君と仲いい女性に渡してくれたら分かると思うから、お願いできる? 」
「華子さんね。それは、もちろん」
「ごめんね。助かる」
これすら名残惜しいんだよ、本当はここにいてほしいんだよ――そんな本心を伝えるように額に口づけると、少しは寂しがってくれてるような、でも信じてくれて嬉しい――そう、弾けるような笑顔を見ると送り出すしかない。
「いってらっしゃい、女神様。……と、俺の奥さん」
(信頼の話じゃないって言ってるのに。伝わらないなぁ)
女神信者なんて言われて、大して否定もしない俺にしてくれるような心配じゃない。
きっと、何度言っても確かに彼女には分からないだろう。でも、それでいいんだ。
「ここでは、どっちでもないから……! 」
そう言いながら真っ赤になって走り去るめぐは、俺にとっては、やっぱりいつでもどこでも、そのどっちでもあるけれど。
少なくとも今は捕まらないと言わんばかりの勢いで逃げる彼女を見て、可愛い愛しいしかない。
(……じゃ、いられないか)
ここは下界だ。
女神様が健やかに過ごすには、生きづらいセカイ。
既に相手がいると分かっていても、その相手がどれほど上層階級にいようと、誰だって、邪な想いを抱かずにはいられないのだ。