引きこもり婚始まりました〜Reverse〜












今度の休日は、待ちに待ったお出掛けだ――彼女にとっては。
俺にとっては、もちろん女神様と朝日の漏れ入る部屋で甘い休暇を楽しんでいたいけれど。
それでも、今日の外出はけして嫌なものじゃない。
めぐといられる時間は、何であれ幸せだ。
なのに彼女は、笑顔で商品を選んでいる俺の半歩くらい後ろで、どういう表情をしていればいいのか分からないというように無言で佇んでいる。


「あ、こういうのも可愛いのかも。すぐ成長しちゃうし汚れちゃうから、替えは何枚あってもいいよね。それとも、被らないように何か斬新なものがいいのかな。俺、詳しくないから、やっぱりめぐの意見を尊重しないと。ね、どれがいいと思う? 」

「……え、や、えっと……」


ベビー用品を一生懸命選んでいる俺は、そんなに恐怖の対象なのだろうか。
完全にフリーズしている奥さんを見ると、結構悲しい。


「あんまり気に入らない? じゃ、違う店行こうか。せっかくだし、妥協したくないよね。うーん、どこがいいか……」

「そ、そうじゃなくて……! と、いうか、私の好みより喜んでもらえるものにしないと。優冬くんの選んだのも、すごく可愛いくていいと思うし……それより、っていうか、その前にまず」

「ん? 」


そうか、品揃えの問題じゃなかったのか。


(まぁ、分かってたけど……確かに、説明らしい説明してなかったもんな)


悪魔やら下等生物やら、虫の声その他薄汚いものは彼女の目にも耳にも入れたくなくて、またやってしまった。
ノイズキャンセリングしすぎるのは、俺の悪い癖だ――絶対治らないけど。


「……先輩のところのおめでたを、なぜ優冬くんが知ってるの……」

「めぐったら。さすがに、そんな調査するわけないじゃない。もちろん、本人から聞いたんだよ。あ、本人って、奥さんじゃなくて先輩の方ね」

「き、気になったのそこじゃないから……! じゃ、じゃあ、つまり、知り合いに……いつから、どういう状況で、その」


知り合いになったのは、もう少し前なのは置いておいて。
その話がでたのは、視察に行った時に見かけて声を掛けてくれたのだ。




・・・





『あ……もしかして、心配されてます? 本当にそんな必要なくて……参ったな。僕、もうすぐ子どもも生まれますし、間違いが生まれようもなくて。何より、萌ちゃんにそんな気があるわけないですから』


正確に言うと、別に問い詰めたわけじゃないのに勝手に教えてくれたんだけど。


『まさか。彼女のことは信じてます』

『……僕も、そんなつもりは』

『それに、貴方にも感謝してる』


一気に張り詰めた空気に、何事かと周囲が気づき始めた。
相手方の社内、つまり上席も上席に楯突いたのかと。
興味津々というよりは、この大事な時に一体何をやっているのかと事情も知らない非難の声すら聞こえてきた。
慌てて、それでも必死に言葉を選んでいるのかゆっくりとした反論を遮るのは容易だった。


『俺にはできなかったことをしてくれた。……可愛かった、ですよね』

『……っ』


巻き込まれたくはないのか、一定の距離以上は誰も踏み込んでこない。


『彼女は可愛いから。忘れられるわけないですよね? それは、俺もすごくよく分かる。だから、どうぞ思い出の範疇で』

『……本当に、脅しも牽制も不要ですよ』

『そのどちらでもなく、お礼を言ったつもりだったのですが。……それと、お願いです』


春来にすらできなかったことをやれたのは、ある意味大物だ。


『今度、大幅な人事改革をする予定なんですが、役職の一人に貴方のお名前を挙げてしまったので。引き受けてくれたら助かるなと』

『……どうして。お話からすると、僕は邪魔な存在では? 』

『逆ですよ。現状、俺が信用できるのは、寧ろ貴方だけじゃないですか』


何の嫌味でも、何かを揶揄したのでもない。
でも、まっすぐ視線を送って射抜いた顔は一瞬だけきょとんとして――すぐに歪み、長めの時間を置いた後無表情になって――やがて、笑顔へと変わる。


『……ありがとうございます。きっと、ご期待に添えますよ』


「ご期待に添えるよう、頑張ります」ではなかったことが、俺にも僅かな笑みをもたらした。

いい会合だった。
おめでたい話も聞けたことだし。


(……あ)


めぐにも教えてあげなくちゃ。
一緒にお祝いを選ぶのも楽しそうだし、いい練習にもなるだろう。

――俺たち二人にとって、そう遠くない未来の為の。





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