引きこもり婚始まりました〜Reverse〜
「……ってことがあったんだよね。あ、安心して? 役職とはいえ、そんな大事な時期だもん。残業とか、拘束時間は極力ないように言っておいたから」
「特別扱いはしないで」とは、本人からも言われなかった。つまり、あの男は天秤にかけたのだ。
そして、たくさんある今の大事なものと比べ――思い出はきっと、軽かったということに過ぎない。
(……なんだ。やっぱり、そうか)
他人の正解なんて、所詮そんなものだ。
「それは、奥さんも嬉しいと思う。……優冬くん……? 」
当然、今守らないといけないものはある。
でも、奴が俺の顔を、目を見て真意を探ろうとして。
答えを出すまでの時間なんて、あっという間だった。
「ん? ああ、ごめん。つい、撫でちゃうね。でも、つい抱きしめちゃう、はまだ我慢できてるから許して」
昔、守れなくて悔しかったものも。
今、今度こそ絶対に守りたいものも、幸せにすると誓ったものも、俺はまったく同じだから。
「えっと……それは、何というか……」
「“ありがとう”? うん、どういたしまして。それで、めぐはどっちが好み……」
間違っている。
狂っている。
――だから……?
(世間一般的に正しい感覚が他の何人を幸せにしたって、俺には何の意味もない)
どんなに頭がおかしいと思われても、事実そうだったとしても、この世界にはそう断言できる要素が多すぎる。何より、俺自身が。
――君ひとり、最高に幸せにしたいんだ。
「どっちも可愛いよ。ご夫婦の好みも分からないし……そこ、ありがとうじゃない。それにね、この後行きたいところがあるんだけど、いいかな」
めぐにしては少し投げやりな言い方に、驚くどころか「あれ? 」と思う間もなく腰にくっつかれた。
「え、なに……前半はよく分からないけど、後半はもちろん。ごめん、先にめぐの行きたいとこに行けばよかったね」
髪を撫でるだけで満足していた。
さらりと手を擽る感触は、更なる欲求を生むのは分かっている。
それでも、外出先でも咎めずそのままでいてくれる彼女の愛情を失いたくなくて。
なのに、どうして――……。
「ううん。実はこの前ね、優冬くんが赤ちゃんだった頃の写真を見たんだ」
「いつの間に……それよりもしかして、何かせっつかれた? 」
彼女らしくなく人目を気にせず――いや、真っ赤になってるのに、それでも俺にぴったりくっついて、そんな話をしてるんだろう。
「どうかな。何も言われなかったけど、もしかしたらちょっとくらいはそんな意図もあったのかも。でもね、そんなことより、ちっちゃい優冬くんがニット着てたのが、すっごく可愛いくて。とりあえず、毛糸欲しくなっちゃった」
「……めぐ」
そんな可愛いことを、可愛いくくっついて言うとか。
こんなところで誘われてると、盛大に誇大妄想しても仕方ない――いや。
「…………で、でも! 未経験だからね。私、何でもできもしないのに道具揃えちゃうタイプだし。だ、だけど……その。今からやれば、そんないつかには間に合うかなぁって」
――愛されているのだ。
愛してくれていると、一生懸命伝えてくれている。
「じゃあ、まずは練習で俺用にしとかない? そうすればきっと、その頃には上手くなってるはず」
「優冬くん用が練習になるわけないじゃない。既に本番だよ、それ。しかも、すごいプレッシャー……」
ブツブツ言いながら、おしまいとばかりにパッと腕を離されたのが寂しい。でも、それ以上に。
「練習して、サプライズにするつもりだったのに……」
愛しくて堪らない。
女神様だろうと、たとえ本当にただの女性だろうと。
彼女が言うように、俺含め他の人間と変わらないくらい汚い部分がもしもあったとしても構わない。
彼女を形成しているそのどれも、愛してる。
だから、その独り言は聞こえなかったことにして、もう一度細い身体を引き寄せ、そっとこめかみに唇を当てた。