引きこもり婚始まりました〜Reverse〜
夢を見ていた。
『ゆうとくん』
絆して絆して、愛を囁きながら侵入する。
真実ではあっても狡猾で最低なことをした後に見るには、かなり不適切な夢だ。
『……めぐ』
一人でいたい時は必ず、彼女が見つけてくれた。
公園のゾウの遊具の中でも、日の差さない校舎の陰でも、少し離れた川原でもそうだ。
一人になりたいと願いながら、完全に嘘だと既に自覚していた俺は、無意識に痕跡を残していたのかもしれない。
そうだとしても、きっと一回で見つからないこともあったはずで、それでも諦めないでいてくれる優しさを感じるのがとても好きだった。
『……元々敵わないのに、どうしていつまでも比べられるんだろうね。違いすぎるって分かってるのに、どうして』
春来は優秀だった。
優秀であることのアピールも長けていた。
昔も今も、それは変わらない。
『……そうだね。春来と優冬くんは全然違うし、きっとこれからも比べられるのかもしれない』
「そんなことないよ」
「泣かないで」
「気にしないで」
そのどれも彼女は言ってはくれなくて、笑ってしまう。
事実だけをはっきり繰り返されたのに、けして嫌な気分ではなかった。
『でも、優冬くんが負けてるわけじゃない。だから、比べられるんだよ』
驚きすぎて、自嘲すら止む。
そんな俺を彼女は真っ直ぐに見つめ、やがて優しく目を細めた。
『勝ち負けじゃないなんて言えないなら、比べて優冬くんが勝ってるところもいっぱいあるって、わたし、言う』
幼かったあの日ですら、めぐは女神様だった。
彼女から放たれた言葉は、「勝ち負けじゃないよ」や「比べるものじゃないよ」のような甘く脆い優しさよりもずっと眩く、強烈に俺の胸を射抜いたのだ。
なのに、痛くない。
それどころか胸がじんわり仄かに温かくなって、俺の何かを癒すように包んでいった。
(……覚えてなんかないだろうな。いや、忘れててほしい)
あまりに嬉しくて、何と返せばいいのか分からなかった。
この感情が、現象が、何というのかまだ知らなかった。
ただ分かるのは、目を逸らさずにいてくれる彼女を見て、今頃になってやっと――頬を熱いものがスッと落ちていったことだけ。
嬉しいなんて、この時芽生えてしまったものを思えばぬるい表現だった。
この時俺は既に、女神様に逢えた幸せを知ってしまっていたから。
だから――……。
・・・
「……ん……」
自分の声で、うっすらと意識が戻ってくる。
微睡むのは心地いいけれど、寝苦しさもあった気がして目を開けた。
「あ……」
遠慮がちな声が、もうそれだけで愛しい。
気を遣ったのかすごく小さな声だったのに、俺は完全に覚醒した。
「ごめんね。昔のこと、夢に見てたみたい」
「……なんで謝るの……」
だって、君がそうして泣きそうにしてるから。
ぎゅっとくっついてくる身体は少し冷えていて、剥き出しの肩にそっとブランケットを掛け、それごと抱きしめた。
「裸の君を抱いて、見る夢じゃないなぁって」
「な、何それ」
「さあ、何かな。聞かれたから、答えただけ」
これ以上ないほどの禁忌に対する、罪悪感だろうか。
穢したくないとあれほど思ったのに、汚してしまったことへの。
「心配しないで。あの頃の俺も、ちゃんと幸せだった」
「……優冬くん」
そうは思えない寝顔だったのだろう。
彼女は俺を呼んで下から睨むという、可愛すぎる抗議をしてきた。
「あの頃もさ。君は、俺と春来を比べてくれて……俺を褒めてくれたよね。正直、自分じゃピンと来なかったこともあったけど、すごく幸せな気持ちになれた。そのうち、女神様の言うことだから、信じられるって思えるようになった」
幸せだ。
あの日、めぐに逢えてから、ずっと。
「他人からしたら……春来や親からしても、めぐは世間一般的な、ごく正常な人間からしたら、本当の幸せを手に入れたようには見えないかもしれない」
「優冬くん……! 」
俺に愛されたことは、普通に考えて災難でしかない。
それでも俺は、彼女を捕まえてしまった。
一度手にしたら二度と離せないと、そんなことは最初から分かっていたのに。
「でも、君だけは……君と、君の大切な人にだけは、本当に幸せだって思ってもらえるようにする。必ず」
「……うん」
誓いを拒まれなくてホッとしていると、細い指が俺の頬に触れた。
「じゃあ、私の大切な旦那さまも。幸せにならないとダメってことだからね。嫌って言ったって」
――私が、優冬くんを幸せにしてみせる。