早河シリーズ第一幕【影法師】
『辰巳は両親を殺害後、無差別に人を殺し少年刑務所に服役していた。しかし心神喪失と判断され7年の刑期を終えて出所。その後にあいつは犯罪組織カオスを創った。俺は今でも辰巳は心神喪失ではないと思っている。あいつは世に出してはならない人間だった。フィクションに出てくる殺人鬼なんてものが現実にいるとすれば辰巳のような人間を言うのだろう』

 上野の握り締めた拳が震えていた。故人の早河武志とその後輩の上野、そして辰巳には何かしらの因縁があるのかもしれない。

『武志さんは辰巳を追うために刑事を辞めて探偵になった。あの人は生涯をかけて辰巳を追い続けていた』
『彼はどうしてそこまで辰巳にこだわっていたんです?』
『……武志さんの奥さんの美知子さんが辰巳に殺されたんだ』

香道は息を呑んだ。早河武志の妻、つまり早河の母親は事故で死んだと早河から聞いていた。

『でも早河からはお袋さんは事故で亡くなったと……』
『武志さんが早河にそう伝えていたんだ。美知子さんが亡くなる前、武志さんはまだ刑事をしていてある大企業の重役が殺された事件を捜査していた。犯人は捕まったが、どうやらそいつを裏で操っていた人間がカオスのメンバーだったんだ。武志さんはカオスについて独自に調べ、創設者が世田谷無差別殺人の辰巳だと突き止めた。そのことを当時の上司に報告したが、上層部は武志さんにこれ以上カオスに深入りするなと命じた』
『なぜです? もしかして辰巳と警察上層部が繋がっているとか?』

警察上層部が犯罪組織の捜査を禁じる理由は警察にいる香道には大方の予想がつく。だが上野はそれについては首肯をせず、難しい顔で香道を睨んだ。

『香道。ここから先は本当にトップシークレットだ。外部に漏れたら洒落にならない。いいな?』
『はい』
『辰巳佑吾の母方の曾祖父は元内閣総理大臣の安田倫太郎《やすだ りんたろう》。辰巳は日本の事実上のトップと言われる元首相の曾孫だ。辰巳の母方の祖母、つまり安田の娘は安田が愛人に産ませた子供だから安田家の家系図に辰巳の存在は記されてはいないが、安田は曾孫の辰巳を溺愛していたらしい』

 元内閣総理大臣の曾孫が犯罪組織のトップ。この事が公になれば日本政府は国民や世界から不信感を抱かれることになる。

『それは……バレたら洒落になりませんね』
『最悪日本が崩壊しかねない。政府と警察は辰巳の血筋を隠そうと必死だった。両親を殺した時の辰巳の心神喪失も警察、検察、政府が手を組んで仕組んだでっち上げだ』
『だから上層部は早河の親父さんに深入りするなと命令したんですね』

上野は今度は頷いて、資料室の外に人の気配がないことを再確認してまた机に腰掛けた。

『武志さんは理由も知らされずにカオスに関するあらゆる捜査を禁じられた。しかしあの人はまぁ……権力に屈しない人だった。彼は極秘でカオスを追い続けたがそのせいで早河と美知子さんが辰巳の標的になってしまった』
『辰巳も早河の親父さんの存在に気付いたんですね』
『そう、辰巳も武志さんの身辺を調べていた。奴が目をつけたのはまだ幼い早河だった。あの日は久しぶりに家族で出掛けた休日だったのに……武志さんの目の前で美知子さんは早河を庇って辰巳の手下にナイフで刺されて亡くなった』

 衝撃的な事実に香道はすぐには言葉が出なかった。
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