早河シリーズ第一幕【影法師】
静まり返る資料室の窓から差し込む光が香道と上野の二人の影を壁に映す。
『早河の親父さんは辰巳を憎んだでしょうね。目の前で奥さんを殺されて』
『いつか俺があいつを牢屋にぶちこんでやる、それが武志さんの口癖だったよ。ようやく辰巳の居所を掴み、俺と武志さんは辰巳のアジトに向かったが、そこに辰巳はいなかった。俺達の動きを監視していた警察上層部が辰巳に情報を流して逃がしたんだ。その時の俺と武志さんの上司があの門倉警視総監だった』
孫が誘拐され、自身も射殺された門倉警視総監の名が挙げられて香道は戸惑った。
『まさか門倉総監が辰巳を逃がした?』
『そうだ。当時は警視だった門倉総監は俺と武志さんの動きを上層部に報告していた。上司に裏切られた武志さんは警察を辞めて探偵になり、辰巳を追い続けた』
上野は懐から銀色のライターを取り出した。ずいぶん年季の入った物だ。
ライターにはT.Hとイニシャルが刻印されている。
『これは早河の親父さんのライターですか?』
『ああ。早河武志のT.H。彼の形見だ。武志さんが警察を辞める時に俺にくれた物だが本来は早河に渡してやるべき物だよな。あの人は息子の早河にも本当のことを言わずにたったひとりで……。12年前の8月、ついに武志さんは辰巳に辿り着いた』
差し込む光に上野は目を細めた。机に置かれたライターが太陽の光を反射している。
『あと一歩のところで……武志さんは辰巳に殺された。俺がその場所に駆けつけた時には二人の死体があった。ひとりは武志さん、もうひとりは辰巳だ』
『辰巳が死亡したことは知っていましたけど、一体どういう経緯で辰巳と早河の親父さんはそんなことに?』
『わからない。辰巳は正面から心臓を一発撃ち抜かれていた。状況から考えれば武志さんが辰巳を撃ったと思われたが、あの人は警察を辞めていて銃の所持はしていなかったはず。それにどんなに憎い相手が目の前にいても武志さんは人を殺さない。しかも武志さんの方が武志よりも死亡推定時刻が微妙に早かった。武志さんが先に殺された後に辰巳が何者かに殺されたんだ』
状況整理が追い付かない香道は乱暴に頭を掻いた。最初に殺されたのが早河武志、武志を殺したのは辰巳だとして、辰巳を殺したのは?
『辰巳を殺した第三者がその場にいたってことですよね?』
『ああ。だが現場は寂れた貸ビルだったんだが、地元の不良の溜まり場になっていたそこには多くの人間の指紋やDNAで溢れていて、辰巳を殺した第三者の痕跡は見つけられなかった。結局、辰巳を殺した人間の正体はわからないまま12年が経つ。もうすぐ武志さんの命日だ』
『辰巳が死んでカオスはどうなったんですか?』
『創設者であるトップが死んだんだ。その後に相次いで幹部が自殺したことで俺も警察上層部もカオスは自然消滅したものだと思っていた。だがキング……』
上野の口振りはもはや過去形。彼はその名を小さく呟いた。
『1年前の静岡の事件でペンションオーナーの姪の浅丘美月が何者かに拉致された時、その何者かが彼女にキングと名乗ったらしい。その時から嫌な予感を感じていた』
『辰巳に代わる誰かがカオスのキングを名乗っていると?』
『もしかしたらトップが辰巳ではなく“別の誰か”に代わったカオスが復活したのかもしれない』
上野の考えは飛躍しているともとれるが、完全に否定もできない。しかしそれよりも香道には腑に落ちない点があった。
『もしカオスが復活していたとしてもなぜ俺に話すんですか? 関係があるとすれば早河のはず……』
『早河にすべてを話せば何をやらかすかわからない。なにせ両親のどちらもカオスの人間に殺されているんだ。だからこの件はまだ早河には言うなよ。時期を見て俺が話す』
上野の念押しに香道は深く頷いた。
『早河の親父さんは辰巳を憎んだでしょうね。目の前で奥さんを殺されて』
『いつか俺があいつを牢屋にぶちこんでやる、それが武志さんの口癖だったよ。ようやく辰巳の居所を掴み、俺と武志さんは辰巳のアジトに向かったが、そこに辰巳はいなかった。俺達の動きを監視していた警察上層部が辰巳に情報を流して逃がしたんだ。その時の俺と武志さんの上司があの門倉警視総監だった』
孫が誘拐され、自身も射殺された門倉警視総監の名が挙げられて香道は戸惑った。
『まさか門倉総監が辰巳を逃がした?』
『そうだ。当時は警視だった門倉総監は俺と武志さんの動きを上層部に報告していた。上司に裏切られた武志さんは警察を辞めて探偵になり、辰巳を追い続けた』
上野は懐から銀色のライターを取り出した。ずいぶん年季の入った物だ。
ライターにはT.Hとイニシャルが刻印されている。
『これは早河の親父さんのライターですか?』
『ああ。早河武志のT.H。彼の形見だ。武志さんが警察を辞める時に俺にくれた物だが本来は早河に渡してやるべき物だよな。あの人は息子の早河にも本当のことを言わずにたったひとりで……。12年前の8月、ついに武志さんは辰巳に辿り着いた』
差し込む光に上野は目を細めた。机に置かれたライターが太陽の光を反射している。
『あと一歩のところで……武志さんは辰巳に殺された。俺がその場所に駆けつけた時には二人の死体があった。ひとりは武志さん、もうひとりは辰巳だ』
『辰巳が死亡したことは知っていましたけど、一体どういう経緯で辰巳と早河の親父さんはそんなことに?』
『わからない。辰巳は正面から心臓を一発撃ち抜かれていた。状況から考えれば武志さんが辰巳を撃ったと思われたが、あの人は警察を辞めていて銃の所持はしていなかったはず。それにどんなに憎い相手が目の前にいても武志さんは人を殺さない。しかも武志さんの方が武志よりも死亡推定時刻が微妙に早かった。武志さんが先に殺された後に辰巳が何者かに殺されたんだ』
状況整理が追い付かない香道は乱暴に頭を掻いた。最初に殺されたのが早河武志、武志を殺したのは辰巳だとして、辰巳を殺したのは?
『辰巳を殺した第三者がその場にいたってことですよね?』
『ああ。だが現場は寂れた貸ビルだったんだが、地元の不良の溜まり場になっていたそこには多くの人間の指紋やDNAで溢れていて、辰巳を殺した第三者の痕跡は見つけられなかった。結局、辰巳を殺した人間の正体はわからないまま12年が経つ。もうすぐ武志さんの命日だ』
『辰巳が死んでカオスはどうなったんですか?』
『創設者であるトップが死んだんだ。その後に相次いで幹部が自殺したことで俺も警察上層部もカオスは自然消滅したものだと思っていた。だがキング……』
上野の口振りはもはや過去形。彼はその名を小さく呟いた。
『1年前の静岡の事件でペンションオーナーの姪の浅丘美月が何者かに拉致された時、その何者かが彼女にキングと名乗ったらしい。その時から嫌な予感を感じていた』
『辰巳に代わる誰かがカオスのキングを名乗っていると?』
『もしかしたらトップが辰巳ではなく“別の誰か”に代わったカオスが復活したのかもしれない』
上野の考えは飛躍しているともとれるが、完全に否定もできない。しかしそれよりも香道には腑に落ちない点があった。
『もしカオスが復活していたとしてもなぜ俺に話すんですか? 関係があるとすれば早河のはず……』
『早河にすべてを話せば何をやらかすかわからない。なにせ両親のどちらもカオスの人間に殺されているんだ。だからこの件はまだ早河には言うなよ。時期を見て俺が話す』
上野の念押しに香道は深く頷いた。