早河シリーズ第一幕【影法師】
 玲夏の心の蝶番《ちょうつがい》がギシギシと音を立てる。必死で隠していた彼に知られたくない己の醜さに早河はとっくに気付いていた。

他人を優先にしていつも自分自身を粗末にする彼、
彼のそんなところに惹かれているのに、
彼のそんなところがたまらなく嫌だった

誰かのために必死になる彼が嫌いだった
嫉妬と独占欲で渦巻く自分が嫌いで、彼のことを愛している“本庄玲夏”である自分が嫌いだった
私以外の人に優しくしないで……いつもそんな風に思っていた

「仁は私と別れて平気なの?」

こんな台詞、今時のドラマでも言わない。

『俺は自分のことで手一杯だ。……いや、見ての通り自分のことすら満足にできない有り様だ』

 憎らしいくらいに彼が優しく笑うから、今まで必死に保っていたものが全て崩れてしまった。

「自分のことで手一杯なくせに香道さんの妹の世話は甲斐甲斐しく焼くのね」

違う。本当はこんな嫌味が言いたいわけじゃないのに。
自分がどんどん嫌な女になっていく。黙ってこちらを見る彼の視線が痛い。

「ずるいよ。私を試して私に選ばせるなんてホントずるい……」

 抱えていた早河の服が床に散らばり、玲夏はソファーに座る早河の膝に顔を埋めた。
早河の手が玲夏の震える肩に添えられる。

「ごめんなさい。私にはもう……仁を支えることはできない。こんなに壊れたあなたを見ていることができない。香道さんの妹さんのお見舞いに行くのも本当は嫌だった。妹さんに嫉妬したの」
『ごめんな。玲夏の気持ち考えてやれなかった』

 早河の手が優しく、涙を落とす彼女の頬に触れた。

 ──あなたはどこまでも優しい
私の醜い心の扉が開かれても、まだこんなに私を優しく撫でてくれるから、離れたいのに離れられない……

 これから別れようとしているのに、優しく優しく、雨の味のするキスをして二人はベッドに倒れ込む。軋むベッドの下に落とされる二人分の衣服の残骸。

 玲夏の身体に早河が沈み、早河の身体に玲夏が沈んだ。乱れる互いの息、汗と雨に湿った肌の感触も彼の匂いも、繋がりから溢れる快楽もすべてを忘れないように、玲夏は無我夢中で彼にしがみついた。

 外の雨の音などもう二人には聴こえない。
何度も何度もキスをして、何度も何度も抱き合って、シーツには二人分の汗と涙と雨の匂いが染み込んだ。

最後の二人きりの世界に迷い込んで
サヨナラ、とお別れするために
最後の愛を求め合った。

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