薄氷の城
第 41話 刻々と
今回の外遊にはユリアーナたち夫婦と王太子夫婦意外には辺境伯御三家が随行していた。ブラウェルス家からはフィリップとクラシーナ、マッティス家からはヴォルテルとヘンドリカ、フェルカイク家からはピーテルとアルベルティナが来ている。
フィリップとクラシーナは、自分たちに宛がわれた控え室ではなく、王太子夫妻の控え室で時間を過ごしていた。
「明日は、プリズマーティッシュの騎士団と国軍が実働演習を行うと聞きましたが、殿下もお聞きになりましたか?」
「あぁ。騎士団第一団隊と国軍の特殊魔獣討伐部隊の戦いだと聞いたよ。どちらも魔獣討伐の精鋭部隊なのだそうだよ。」
「それは見応えのある演習になりそうですが、女に戦闘の演習を見せたとて、何にもならないでしょうに、それならば女用に茶会など催した方が得るものがありそうですがね。」
「そうだね。女性には少し退屈だろうね。しかし、マルゲリット王太子が主催している演習だからね。」
「何と、王太子の主催でしたか。ならば、演習自体も期待は出来ませんね。」
「本来ならば、女性と戦いは無縁であったほうが理想的なのだろうね。」
クラシーナも、アンドレーアも二人の会話を眉一つ動かす事なく黙って聞いている。
「他国のことだと言っても、女に国が治められるのでしょうか?私には女に政治が出来るとは思えませんがね。今まで国交がなかったこの国で、少しでも我が国のための人事交流が出来ればと、老体に鞭打って長旅をしてきましたのに、肝心の王太子が二十歳そこそこの小娘だなんて。」
フィリップは、はぁぁっとわざとらしいため息を吐く。
「この国が王位継承者として認めているのだから、我が国から異を唱えることは出来ないだろうね。しかしながら、レオナール国王も一抹の不安はあるのだろう。だから自分の力がまだ及んでいるうちにこうして今まで国交のなかった国を呼んでまで王太子に顔合わせをさせたかったのかもしれないね。」
「しかし、この国は何をとっても謎ばかり。今の王は第四王子なのに王位を継承しましたし、その前の王は第三王子、そして今回は第一王女が王太子に立太子した。何を基準で王位の継承者を決めているのか。」
∴∵
「どうだ?」
ヘンドリカが結婚の際にブラウェルスから連れてきた専属メイドのアレッタは、ヴォルテルの問いかけに力無く首を振る。第一子のヤンが生まれ、二年後に第二子のマフダレーナが生まれた頃から、ヘンドリカは起き上がることも大変なほど塞ぎ込むことが多かったが、今年に入ってから状態は安定し、庭の散策なども出来るようになっていた。外遊の話しをすると是非一緒に行きたいと言い、数ヶ月元気にしていたことから外遊に連れてきていた。出発してからは、良い気分転換になったのか、ここ何年も見ることの出来なかった笑顔を見せることもあって、ヴォルテルは安心していた。それが、式典が終わって控え室に入ると突然ソファーに突っ伏して子供のように声を上げて泣き出した。ヴォルテルが声を掛けても、メイドのアレッタが声を掛けても、ただただ泣くばかりでどうすることも出来ず、宿にしている離宮に戻ってきた。宿に戻ってからは寝台で掛け布団を頭からかぶって返事もしなくなった。
寝室のドアの前で、ヴォルテルよりも落ち込んでいるアレッタに、
「あまり気を落とさないように。プリズマーティッシュまで来られたんだ、凄い進歩だよ。私は午餐会に欠席することは出来ないから、行ってくるけれど、ヘンドリカをよろしく頼むね。」
「はい。若様。」
ヴォルテルは、アレッタの肩をポンと叩いて部屋を後にした。
∴∵
「どうしましたか?」
メイドの淹れた紅茶を飲みながら、アルベルティナはピーテルに聞いた。普段は空威張りをして、小心者であることを隠そうとしているピーテルだが、今は何かに怯えているのが手に取るようにわかる。空威張りする事も忘れたのか、諦めたのかは分からないが、顔は真っ青になり、アルベルティナの問いかけにも応えない。
「旦那様、この後の午餐会には参加できますか?それとも、体調不良で欠席なさいますか?」
「…。」
アルベルティナは、ピーテルに気付かれないように小さなため息を吐く。空威張りする小心者の彼は、怒りなどで感情の制御が利かなくなると手がつけられないほどに暴れ、手当たり次第に物を壊したりする。自身の屋敷の中では、部屋に一人きりにさせ気が済むまで暴れさせたりするが、ここは国交のないプリズマーティッシュの王宮の一室。ピーテルにその意思がなかったとしても、辺境伯の嫡子がここで物を破壊したり、暴れたりすれば反逆罪などに問われても不思議ではない。アルベルティナや執事たちもピーテルの機嫌を損ねることは極力避けるようにしている。
彼の前に、独特な香りを放つハーブティーが運ばれてきた。眠りに良く効くハーブで、鎮静薬として使われる事もあるものだ。暴れ出したりされるよりは、眠気でうつらうつらされていた方がまだ良いと考えてアルベルティナが淹れさせた。
「旦那様、ハーブティーをどうぞ、お召し上がりください。」
ピーテルは短く返事をすると、素直に従ってハーブティーを一気に飲み干した。
∴∵
ユリアーナは、窓辺に置かれた椅子に座り、外をぼんやりと眺めている。ヴィレムはその姿に声をかけることも出来ず見守っていた。ボーが近づいて、そばのテーブルに紅茶を置いた。
「奥様、こちらに紅茶を置いておきます。」
ユリアーナは、その言葉に少し遅れて ‘ありがとう’ と返事をする。ヴィレムは意を決してユリアーナに声を掛けた。
「先ほど聞いたけれど、午餐会の後に女性たちにはエリザベート王女主催の茶会があるそうだ。この王女殿下は先ほどの式典で祝詞を奏上した大尊者と呼ばれている方らしい。…私も彼はコンスタンティンではないかと思う。どうしてこの国で、神に仕えることになったのかは分からないが、王女殿下とお話しする機会があれば、何か分かるんじゃないかな。」
ユリアーナが、ゆっくりとヴィレムの方を見ると、彼は優しく笑っていた。
∴∵
ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの侍従が各々を呼びに来たのはそれから少し経ってからだった。
フィリップとクラシーナは、自分たちに宛がわれた控え室ではなく、王太子夫妻の控え室で時間を過ごしていた。
「明日は、プリズマーティッシュの騎士団と国軍が実働演習を行うと聞きましたが、殿下もお聞きになりましたか?」
「あぁ。騎士団第一団隊と国軍の特殊魔獣討伐部隊の戦いだと聞いたよ。どちらも魔獣討伐の精鋭部隊なのだそうだよ。」
「それは見応えのある演習になりそうですが、女に戦闘の演習を見せたとて、何にもならないでしょうに、それならば女用に茶会など催した方が得るものがありそうですがね。」
「そうだね。女性には少し退屈だろうね。しかし、マルゲリット王太子が主催している演習だからね。」
「何と、王太子の主催でしたか。ならば、演習自体も期待は出来ませんね。」
「本来ならば、女性と戦いは無縁であったほうが理想的なのだろうね。」
クラシーナも、アンドレーアも二人の会話を眉一つ動かす事なく黙って聞いている。
「他国のことだと言っても、女に国が治められるのでしょうか?私には女に政治が出来るとは思えませんがね。今まで国交がなかったこの国で、少しでも我が国のための人事交流が出来ればと、老体に鞭打って長旅をしてきましたのに、肝心の王太子が二十歳そこそこの小娘だなんて。」
フィリップは、はぁぁっとわざとらしいため息を吐く。
「この国が王位継承者として認めているのだから、我が国から異を唱えることは出来ないだろうね。しかしながら、レオナール国王も一抹の不安はあるのだろう。だから自分の力がまだ及んでいるうちにこうして今まで国交のなかった国を呼んでまで王太子に顔合わせをさせたかったのかもしれないね。」
「しかし、この国は何をとっても謎ばかり。今の王は第四王子なのに王位を継承しましたし、その前の王は第三王子、そして今回は第一王女が王太子に立太子した。何を基準で王位の継承者を決めているのか。」
∴∵
「どうだ?」
ヘンドリカが結婚の際にブラウェルスから連れてきた専属メイドのアレッタは、ヴォルテルの問いかけに力無く首を振る。第一子のヤンが生まれ、二年後に第二子のマフダレーナが生まれた頃から、ヘンドリカは起き上がることも大変なほど塞ぎ込むことが多かったが、今年に入ってから状態は安定し、庭の散策なども出来るようになっていた。外遊の話しをすると是非一緒に行きたいと言い、数ヶ月元気にしていたことから外遊に連れてきていた。出発してからは、良い気分転換になったのか、ここ何年も見ることの出来なかった笑顔を見せることもあって、ヴォルテルは安心していた。それが、式典が終わって控え室に入ると突然ソファーに突っ伏して子供のように声を上げて泣き出した。ヴォルテルが声を掛けても、メイドのアレッタが声を掛けても、ただただ泣くばかりでどうすることも出来ず、宿にしている離宮に戻ってきた。宿に戻ってからは寝台で掛け布団を頭からかぶって返事もしなくなった。
寝室のドアの前で、ヴォルテルよりも落ち込んでいるアレッタに、
「あまり気を落とさないように。プリズマーティッシュまで来られたんだ、凄い進歩だよ。私は午餐会に欠席することは出来ないから、行ってくるけれど、ヘンドリカをよろしく頼むね。」
「はい。若様。」
ヴォルテルは、アレッタの肩をポンと叩いて部屋を後にした。
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「どうしましたか?」
メイドの淹れた紅茶を飲みながら、アルベルティナはピーテルに聞いた。普段は空威張りをして、小心者であることを隠そうとしているピーテルだが、今は何かに怯えているのが手に取るようにわかる。空威張りする事も忘れたのか、諦めたのかは分からないが、顔は真っ青になり、アルベルティナの問いかけにも応えない。
「旦那様、この後の午餐会には参加できますか?それとも、体調不良で欠席なさいますか?」
「…。」
アルベルティナは、ピーテルに気付かれないように小さなため息を吐く。空威張りする小心者の彼は、怒りなどで感情の制御が利かなくなると手がつけられないほどに暴れ、手当たり次第に物を壊したりする。自身の屋敷の中では、部屋に一人きりにさせ気が済むまで暴れさせたりするが、ここは国交のないプリズマーティッシュの王宮の一室。ピーテルにその意思がなかったとしても、辺境伯の嫡子がここで物を破壊したり、暴れたりすれば反逆罪などに問われても不思議ではない。アルベルティナや執事たちもピーテルの機嫌を損ねることは極力避けるようにしている。
彼の前に、独特な香りを放つハーブティーが運ばれてきた。眠りに良く効くハーブで、鎮静薬として使われる事もあるものだ。暴れ出したりされるよりは、眠気でうつらうつらされていた方がまだ良いと考えてアルベルティナが淹れさせた。
「旦那様、ハーブティーをどうぞ、お召し上がりください。」
ピーテルは短く返事をすると、素直に従ってハーブティーを一気に飲み干した。
∴∵
ユリアーナは、窓辺に置かれた椅子に座り、外をぼんやりと眺めている。ヴィレムはその姿に声をかけることも出来ず見守っていた。ボーが近づいて、そばのテーブルに紅茶を置いた。
「奥様、こちらに紅茶を置いておきます。」
ユリアーナは、その言葉に少し遅れて ‘ありがとう’ と返事をする。ヴィレムは意を決してユリアーナに声を掛けた。
「先ほど聞いたけれど、午餐会の後に女性たちにはエリザベート王女主催の茶会があるそうだ。この王女殿下は先ほどの式典で祝詞を奏上した大尊者と呼ばれている方らしい。…私も彼はコンスタンティンではないかと思う。どうしてこの国で、神に仕えることになったのかは分からないが、王女殿下とお話しする機会があれば、何か分かるんじゃないかな。」
ユリアーナが、ゆっくりとヴィレムの方を見ると、彼は優しく笑っていた。
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ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの侍従が各々を呼びに来たのはそれから少し経ってからだった。