薄氷の城
第54話 家族として
ヴィレムは、宿にしている離宮の部屋で、コンスタンティンからの手紙を受け取っていた。
「コンスタンティンが、帰国することで決心したようだ。私の書いた手紙は入れ違いになってしまったようで、家族の身分には拘らないと書いてある。」
「奥様も、決心なされたのね。」
「コンスタンティンが問題なく帰国できるように、父上がレオナール陛下へお話しをしてくれるそうだ。しかし、国も違い、身分も違うのだから、慣れるのには時間がかかるだろう。」
「もし、良ければなのですが、私やアンナが奥様の所作指導の先生役をするのはどうでしょう?エイクマン家とフェルバーン家ならば爵位も同格でございますし、エイクマン家は私たちにとってなじみ深いお家ですから、お助けできることもあるのではと。」
「それは、良い考えだ。ユリアやアンナであったら、所作以外にもこの国の事をなんでも教えられるだろう。先方の考えにももちろんよるが、父にもそのように進言してみよう。」
ユリアーナの少しの間にヴィレムは首を傾げる。
「ユリア、どうした?」
「いいえ。こんなにも早くお返事を頂けると思わなくて。」
ヴィレムは、ユリアーナの言葉の意味を考える。
「…あぁ。確かに。前の私ならば、どんな経緯があったとしても公爵夫人が外で働くなどと言ったかもしれないな。他人の感情や価値観に共感しようとせず、無関心だった。改めて、あの頃のユリアに謝りたい気分だ。」
ユリアーナは、ヴィレムの手の上に自分の手を重ねた。
「ヴィム、そう何度もご自分を責めないで下さい。ヴィムは、きちんと私の話を聞き、今までの行動を振り返って改めるべきだと思った事は改めて下さっています。私たち夫婦の今までの事は、ヴィムも私も双方が悪かった。そして二人でこれからのために歩き直している。私はヴィムをお慕いしていますし、ヴィムからの愛情も十分に感じています。これからの私たちにはそれだけで十分でございます。」
「あぁ。そうだね。悔い改めたことは忘れないようにするが、ユリアに謝るのは今日限りにする。」
「はい。」
ユリアーナは、にこやかな表情で頷いた。
「コンスタンティンの夫人の教育係は、ユリアとアンナとして、コンスタンティンの子どもの遊び相手は、年齢から言うと、ヴォルテルの子、ヤンとヨハンの子、レンブラントが良いのではないかと思う。」
「そこまで、考えていらっしゃったのですか?」
「今だからこそ、思うんだ。家族がそばに居て、笑って過ごしてくれていることが幸せなのだと。そこが、しっかりしていれば、多少のことは踏ん張って生きていけるのだと。コンスタンティンは、帰国すれば色々と大変な事も起るだろう。ご家族が不安そうにしていれば、コンスタンティンの負担はますます増える。心配するなと言ったのだから、そこもしっかりと保護しなければと考えている。」
「そうですね。」
∴∵
「もうおじいちゃんとはいっしょにくらせないの?」
「そうだ。ジョセフ。お前たちとおじいちゃんは、別のお家でこれからは暮らすんだ。」
「ユーグさん。幼なじみからは、全員一緒でと。暮らしのことは心配ないと、返事が来ています。どうぞ、一緒に・・」
「いいえ。貴族と関係のあるような生活は…もうこの年では順応できそうにありません。ここには、有り難くも仕事があって、一人食って行くには十分な稼ぎもあります。だから、エディットとこの子たちと四人で渡って下さい。」
「エヴァリ・・コンスタンティン、おじいさんに、ドンカーの森を超えて隣国へ行くのは難しいと思うわ。」
「しかし、エディット・・」
「いいのです。それで。自分の息子や孫とは出来なかった、家族としての生活を何年も送らせてもらえました。可愛いひ孫とも生活ができた。この幸せな記憶だけで、私には十分です。十分に幸せな余生を送ることが出来ます。」
ユーグは、コンスタンティンの手を力強く握った。その手は、分厚く、ゴツゴツで少し乾燥している。
「分かりました。では、これからもう一度、王宮へ行ってきます。マウリッツ王太子殿下が、レオナール陛下に直接これまでのことをお話して下さるそうで、私も同席しなければなりません。」
「そうですか。」
「エディット。出発がいつになるかは分からないが、荷物をまとめておいてくれ。必要最低限の物で構わない。子供たちの遊び道具は、あちらにはない物もあるから、持っていった方が良いだろう。じゃあ、王宮へ行ってくる。」
「ねぇ、コンスタンティン。」
「何?」
「私たち、エパナスターシへ行っても大丈夫なのよね?」
「君たちが、心地良く過ごせるように配慮してくれるよう頼んでみるよ。」
∴∵
「君が、コンスタンティンか。」
コンスタンティンの向かいに座っている紫黒色の髪の国王レオナールは、穏やかな表情をしているが、不思議と人を恐れさせ、従わせるような迫力を感じる人物だった。
「はい。エパナスターシ王国、コンスタンティン・エイクマンと申します。」
「この度の経緯はマウリッツ殿から聞かせてもらった。大変だったね。困難な状況だっただろうが、良くここまで回復してくれた。」
「ルイ殿下に治療して頂いたおかげでございます。」
年齢のせいなのか、お国柄のためなのか、コンスタンティンが知っている国王像とは少し違った。
「もう、魔獣に負わされた傷は全て治ったかい?」
「はい。不自由だった足も肩も何の痛みもございません。」
「それは、よかった。ルイは、母親ほどではないが、治癒の魔術に長けている。担当がルイで良かった。それで、君は伯爵家の嫡子なのだと聞いたが…」
「はい。長く王室にお仕えする文官の家でございます。」
「それで、ヴィレム王子とも懇意だったのだね。」
「幼い頃より、ヴィレム殿下にはご親切にして頂きました。この度も、色々と親身になって下さいました。」
「そのようだね。それで、これを直接君に渡したくてね。」
レオナールは、濃い赤紫色のカードを数枚コンスタンティンの方へ寄越した。カードには、プリズマーティッシュ国王の紋章が記されている。
「それは、私が直接許可を出した、特別越境許可証だ。ご家族分を用意した。再び入国する許可が付いていない片道の越境許可証になっている。エパナスターシへ戻った君が、そしてご家族が、幾久しく幸せで、健康であることを祈っている。」
「陛下からの大変温かいお言葉と、格別のご配慮、痛み入ります。」
「我々エパナスターシの使節団は明日の午後にプリズマーティッシュを発つ。コンスタンティンもそれで構わないか?」
「はい。ただ、小さい子がおりますし、妻も私自身も長旅には慣れていませんので、使節団一行と同じペースでは行けないと思います。」
「慣れていないのは、妃たちも同じだ。ゆっくりと進むから心配することはない。父上には、プリズマーティッシュでコンスタンティンを発見したことは伝えているが、レネにはまだ伝えずにいる。国境を越えてから父上からレネに伝えることになっている。早く伝えた方が良いとも思ったが、国境を越えるまで、一ヶ月もかかる。その間心配だけしているのはレネも辛いだろうと考えた。」
「殿下のご配慮に感謝申し上げます。」
マウリッツは、コンスタンティンに微笑みかけた。長く王太子を見ていたが、コンスタンティンが彼のこんなにも柔らかい表情を見たのは初めてだった。
「エパナスターシに戻ったら、レネやルイーセとゆっくりと話す時間が必要だろう。ご家族は、数日の間は王城の客室に滞在すると良いだろう。それが堅苦しいのであれば、ヴィレムの居城であるオモロフォでも構わない。ヴィレムは是非にと言っている。」
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます。」
「コンスタンティンが、帰国することで決心したようだ。私の書いた手紙は入れ違いになってしまったようで、家族の身分には拘らないと書いてある。」
「奥様も、決心なされたのね。」
「コンスタンティンが問題なく帰国できるように、父上がレオナール陛下へお話しをしてくれるそうだ。しかし、国も違い、身分も違うのだから、慣れるのには時間がかかるだろう。」
「もし、良ければなのですが、私やアンナが奥様の所作指導の先生役をするのはどうでしょう?エイクマン家とフェルバーン家ならば爵位も同格でございますし、エイクマン家は私たちにとってなじみ深いお家ですから、お助けできることもあるのではと。」
「それは、良い考えだ。ユリアやアンナであったら、所作以外にもこの国の事をなんでも教えられるだろう。先方の考えにももちろんよるが、父にもそのように進言してみよう。」
ユリアーナの少しの間にヴィレムは首を傾げる。
「ユリア、どうした?」
「いいえ。こんなにも早くお返事を頂けると思わなくて。」
ヴィレムは、ユリアーナの言葉の意味を考える。
「…あぁ。確かに。前の私ならば、どんな経緯があったとしても公爵夫人が外で働くなどと言ったかもしれないな。他人の感情や価値観に共感しようとせず、無関心だった。改めて、あの頃のユリアに謝りたい気分だ。」
ユリアーナは、ヴィレムの手の上に自分の手を重ねた。
「ヴィム、そう何度もご自分を責めないで下さい。ヴィムは、きちんと私の話を聞き、今までの行動を振り返って改めるべきだと思った事は改めて下さっています。私たち夫婦の今までの事は、ヴィムも私も双方が悪かった。そして二人でこれからのために歩き直している。私はヴィムをお慕いしていますし、ヴィムからの愛情も十分に感じています。これからの私たちにはそれだけで十分でございます。」
「あぁ。そうだね。悔い改めたことは忘れないようにするが、ユリアに謝るのは今日限りにする。」
「はい。」
ユリアーナは、にこやかな表情で頷いた。
「コンスタンティンの夫人の教育係は、ユリアとアンナとして、コンスタンティンの子どもの遊び相手は、年齢から言うと、ヴォルテルの子、ヤンとヨハンの子、レンブラントが良いのではないかと思う。」
「そこまで、考えていらっしゃったのですか?」
「今だからこそ、思うんだ。家族がそばに居て、笑って過ごしてくれていることが幸せなのだと。そこが、しっかりしていれば、多少のことは踏ん張って生きていけるのだと。コンスタンティンは、帰国すれば色々と大変な事も起るだろう。ご家族が不安そうにしていれば、コンスタンティンの負担はますます増える。心配するなと言ったのだから、そこもしっかりと保護しなければと考えている。」
「そうですね。」
∴∵
「もうおじいちゃんとはいっしょにくらせないの?」
「そうだ。ジョセフ。お前たちとおじいちゃんは、別のお家でこれからは暮らすんだ。」
「ユーグさん。幼なじみからは、全員一緒でと。暮らしのことは心配ないと、返事が来ています。どうぞ、一緒に・・」
「いいえ。貴族と関係のあるような生活は…もうこの年では順応できそうにありません。ここには、有り難くも仕事があって、一人食って行くには十分な稼ぎもあります。だから、エディットとこの子たちと四人で渡って下さい。」
「エヴァリ・・コンスタンティン、おじいさんに、ドンカーの森を超えて隣国へ行くのは難しいと思うわ。」
「しかし、エディット・・」
「いいのです。それで。自分の息子や孫とは出来なかった、家族としての生活を何年も送らせてもらえました。可愛いひ孫とも生活ができた。この幸せな記憶だけで、私には十分です。十分に幸せな余生を送ることが出来ます。」
ユーグは、コンスタンティンの手を力強く握った。その手は、分厚く、ゴツゴツで少し乾燥している。
「分かりました。では、これからもう一度、王宮へ行ってきます。マウリッツ王太子殿下が、レオナール陛下に直接これまでのことをお話して下さるそうで、私も同席しなければなりません。」
「そうですか。」
「エディット。出発がいつになるかは分からないが、荷物をまとめておいてくれ。必要最低限の物で構わない。子供たちの遊び道具は、あちらにはない物もあるから、持っていった方が良いだろう。じゃあ、王宮へ行ってくる。」
「ねぇ、コンスタンティン。」
「何?」
「私たち、エパナスターシへ行っても大丈夫なのよね?」
「君たちが、心地良く過ごせるように配慮してくれるよう頼んでみるよ。」
∴∵
「君が、コンスタンティンか。」
コンスタンティンの向かいに座っている紫黒色の髪の国王レオナールは、穏やかな表情をしているが、不思議と人を恐れさせ、従わせるような迫力を感じる人物だった。
「はい。エパナスターシ王国、コンスタンティン・エイクマンと申します。」
「この度の経緯はマウリッツ殿から聞かせてもらった。大変だったね。困難な状況だっただろうが、良くここまで回復してくれた。」
「ルイ殿下に治療して頂いたおかげでございます。」
年齢のせいなのか、お国柄のためなのか、コンスタンティンが知っている国王像とは少し違った。
「もう、魔獣に負わされた傷は全て治ったかい?」
「はい。不自由だった足も肩も何の痛みもございません。」
「それは、よかった。ルイは、母親ほどではないが、治癒の魔術に長けている。担当がルイで良かった。それで、君は伯爵家の嫡子なのだと聞いたが…」
「はい。長く王室にお仕えする文官の家でございます。」
「それで、ヴィレム王子とも懇意だったのだね。」
「幼い頃より、ヴィレム殿下にはご親切にして頂きました。この度も、色々と親身になって下さいました。」
「そのようだね。それで、これを直接君に渡したくてね。」
レオナールは、濃い赤紫色のカードを数枚コンスタンティンの方へ寄越した。カードには、プリズマーティッシュ国王の紋章が記されている。
「それは、私が直接許可を出した、特別越境許可証だ。ご家族分を用意した。再び入国する許可が付いていない片道の越境許可証になっている。エパナスターシへ戻った君が、そしてご家族が、幾久しく幸せで、健康であることを祈っている。」
「陛下からの大変温かいお言葉と、格別のご配慮、痛み入ります。」
「我々エパナスターシの使節団は明日の午後にプリズマーティッシュを発つ。コンスタンティンもそれで構わないか?」
「はい。ただ、小さい子がおりますし、妻も私自身も長旅には慣れていませんので、使節団一行と同じペースでは行けないと思います。」
「慣れていないのは、妃たちも同じだ。ゆっくりと進むから心配することはない。父上には、プリズマーティッシュでコンスタンティンを発見したことは伝えているが、レネにはまだ伝えずにいる。国境を越えてから父上からレネに伝えることになっている。早く伝えた方が良いとも思ったが、国境を越えるまで、一ヶ月もかかる。その間心配だけしているのはレネも辛いだろうと考えた。」
「殿下のご配慮に感謝申し上げます。」
マウリッツは、コンスタンティンに微笑みかけた。長く王太子を見ていたが、コンスタンティンが彼のこんなにも柔らかい表情を見たのは初めてだった。
「エパナスターシに戻ったら、レネやルイーセとゆっくりと話す時間が必要だろう。ご家族は、数日の間は王城の客室に滞在すると良いだろう。それが堅苦しいのであれば、ヴィレムの居城であるオモロフォでも構わない。ヴィレムは是非にと言っている。」
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます。」