御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「ごめんなさい……次は気をつけます」
「美果」

 そう思っていたのに、翔は美果を許してはくれなかった。否、静かな灯に大量の油を注いでしまった美果は、ほんの小さな一言で余計に彼を苛立たせてしまった。

 肩を掴んでいた手が離れたのでようやく解放してくれるのだと思った。だが腕から逃れて朝食の準備を始めようとした美果の身体はびくとも動かない。

 そう。彼の右手は美果の肩から顔へ移動しただけで、美果は解放されたわけではなかった。

「え……なに……?」

 ぐい、と顎の先を掬って上を向かされると、まだ怒りが消えていない翔と至近距離で見つめ合う。再び怒られるのではないかと内心身構えるが、美果を襲ったのは説教ではなかった。 

 急に距離が近付く。顎の先を捕えた翔の指が美果の顔の角度をわずかに変える。

「ちょ、翔さ」

 あ……と思った次の瞬間、美果の唇に翔の唇が重なっていた。

「ん……」

 何が起こったのかわからず、身体が硬直する。唇同士が触れ合っているのはわかるが、それ以外のことは何もわからない。

 ゼロ距離で美果の様子を窺う細く黒い目に、心の内を探られている気分になる。だがあいにく何も考えられない。頭の中は閃光を浴びたように真っ白だ。

「ん、んん……っ」

 硬直していると唇の接触面で翔の唇が動く。触れ合った場所が擦れる感覚に、背中がぞくっと甘く痺れる。

 何が起こってるの? と疑問を持った瞬間、唇の隙間から生温かいものが強引にねじ込まれた。それが翔の舌だと気付くと同時に、心臓がどくりと飛び跳ねる。

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