御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
怒りの矛先を自分に向けられても困る。天ケ瀬家と稲島家の事情に美果を巻き込まないでほしい。手の届かない場所でのやりとりは、住む世界が同じ人たちだけで解決してほしい。美果を同じ土俵に引き入れないでほしい。
そう思いながら懸命に訴えても、翔はますます不機嫌になるばかり。
「鍵はお袋が預けたものだ。俺は許可していない」
「そんな事情、関係ない私が知るわけないじゃないですか!」
冷たい目線と美果を責めるような言い方ばかり重ねられ、つい大きな声が出た。
翔の秘密を知って、笑顔を向けられて、名前で呼ばれて、からかわれて、翻弄されて――そうやって毎朝のように美果を惑わせるくせに、いざとなったら美果は蚊帳の外だ。
いくら翔と親しく接しても、褒められることが嬉しくても、触れられることが嫌じゃなくても、ドキドキしても、本当はこの関係に意味なんてない。
その現実を突きつけられた昨日、美果は密かにショックを受けた。だが美果に怒る筋合いも落ち込む余地もないことはわかっていた。
そう、美果は翔に対して怒ることすら許されていないのだ。
(ううん。今の態度は、私が悪かった)
感情的に大きな声を出してしまったことを瞬時に反省する。天ケ瀬翔の家政婦を担う以上、天ケ瀬家や翔の事情に巻き込まれる可能性は十分に考えられた。その覚悟が、美果には足りなかっただけだ。
こんな些細なことで美果が怒るのは筋違いだ。もしこれに対してペナルティがあるのならちゃんと受け入れるつもりはある。
だからもう、この話はやめてほしい。