御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
それでも美果や静枝を頼って、痛みを分かち合って、悩みを打ち明けてくれればよかった。辛くても三人で乗り越えることだって出来たはずなのに、梨果はその選択をしなかった。
それと同時に、姉の苦しみを理解してあげられなかったことが、美果も少しだけ悔しい。
けれどその弱音は吐かない。過ぎたことはもう戻らないし、それ以上に、苦しい思いをしていた美果に救いの手を差し伸べてくれた翔の気持ちを思えば、美果は静かに姉を見送るしかない。
ふと梨果が振り返って、翔の姿をじっと見据える。
「翔さん。美果を、よろしくお願いします」
「ええ」
ぺこりと頭を下げてカフェを出ていく梨果の姿を見送る。翔の顔には『言われなくてもそのつもりだ』と書いていたが、余計なことを言わずに笑顔でやり過ごすと決めたようで、美果もそっと胸を撫で下ろした。
今のがきっと、結婚していく妹を想う姉の気持ちの表われだったのだ。美果はそう信じたい。
「……秋月さんのお姉さん、変わってくれますかね」
「どうだろうな」
一部始終を見ていた誠人が問いかけてくるので、翔がため息と共に呟く。翔はすでに梨果に対する興味を失ったようだが、美果は翔の選択の意味が少しだけ気になっていた。
「お姉ちゃんに返してもらうお金、どうするんですか?」
事前に翔から意思を確認されたとき、美果は『借金は返してもらわなくてもいい』と伝えていた。