御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
さすがの梨果も学習したのか、今回はその書類の一つ一つを丁寧に確認していく。だから少し時間はかかったが、そこにサインを済ませたことで借金の返済先は無事に美果から翔へと移行した。
「お姉ちゃん」
力なく立ち上がってその場を去ろうとする梨果に、どんな声をかけようかと思った。あるいは声をかけないという選択肢もあったが、美果はたった一人の姉妹に、気づいたら最後の言葉をかけていた。
「私、可愛くて優しくて、責任感があって強いお姉ちゃんが好きだった。ずっと私の、憧れだったの」
「……」
「昔に戻ってほしいとは言わない。無理に変わってほしいとも思ってない。私はもうお姉ちゃんを助けてあげられないけれど、でも、お姉ちゃんにも自分で自分自身を幸せにする方法を見つけてほしいの」
「……。……わかった」
美果の言葉が彼女に届いたのかどうか、正確なところはわからない。
けれど梨果は、覇気はなくとも一応は美果の考えに賛同して頷いてくれた。だからいつか、彼女が胸を張って本当の意味で『幸せだ』と思える日が来てくれればいい。それを確認する術はないけれど、美果はどこかで梨果が幸せになってくれることを願うばかりだ。
「美果……ごめんなさい」
ぽつりと謝罪の言葉を口にする梨果を見て思う。
本当は彼女も、寂しかったのだ。本人の口から語られたわけではないが、父が亡くなり、母が亡くなり、心の拠り所を失った彼女は、自分の中の指針を失ってしまった。