【Quintet】
『俺だけを見ろ、沙羅』
「海斗……?」

 海斗の漆黒の瞳は夜の海に似ている。心まで吸い込まれて飲み込まれてしまいそうで、目が離せない。

 不覚にもまた奪われた唇。油断していた沙羅の唇の隙間から海斗の舌先が侵入した。

海斗の熱が一気にこちらにも流れてきて風邪薬の苦い味がする。前回の触れるだけのキスとは違う、息もできない荒々しく激しいキス。

 受け止めきれない唾液が沙羅の口の端に垂れた。海斗は沙羅の赤い唇を艶やかに彩る唾液の膜を舐め、彼女の首筋に顔を埋めた。

「海斗! それは待って! まだ……」
『沙羅……俺は……』

 貞操の危機を感じた矢先、海斗の身体のすべての重みが沙羅に加わった。頭を垂らした海斗の息遣いは荒い。

「わっ! ちょっと! 重い!」

必死で身体に覆い被さる海斗を押し退けようとしてもびくともしない。だから熱が上がると言ったのに。

『……病人のくせに発情するからこうなるんだ。馬鹿』

 今日は一日、海斗の下敷きになって過ごす恐ろしい想像をしていた沙羅にはその人の声が天の助けに思えた。頭上から聞こえたのは天の声……ではなく悠真だ。

『おら海斗。病人はおとなしく寝てろ』

悠真が沙羅の上にのし掛かる海斗を引き離した。その隙にベッドを脱出した沙羅は床に手をついて脱力する。もう病人の看病はこりごりだ。

『……チッ。帰って来やがったのか』
『お前じゃなくて沙羅が心配だったものでね』
「私が?」
『海斗の看病する沙羅が逆に海斗に喰われるんじゃないかって。予想通りだから帰って来て正解だったよ』

悠真の言い種に嫌な予感がする。

「悠真……もしかして……見てた?」
『一応ノックはしたよ。二人ともキスに夢中になってて気づかなかった?』

 意地悪く笑う悠真を見た沙羅は確信した。この笑い方は海斗そっくりだ。
< 115 / 433 >

この作品をシェア

pagetop