バッカスの女神様の裏話(蘊蓄がもれちゃいます)

チョコレートも修道院で生まれた

引用192p

1569年にメキシコの司教は文書を携えたひとりの使者をヴァチカンの教皇ピウス五世に遣わした。

その文書とは、「カカアトル」という実と、「カカアトクゥアウイトル」という木からとった「ホコアトル」の入った飲み物を、断食期間(四旬節)に飲んでもよいかどうか教皇に判断していただきたいという内容だった。

中略
教皇は熱いチョコレートを飲み干したあと、こう宣言したという。

「この飲み物は断食を破るものではない」
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要約

・修道士がカカオの煮出し汁から油分を取り除きバニラと砂糖を混ぜてのむことを発見した。

・ガテマラの修道院の料理人たちはチョコレートを板の形にし、固形の食べ物として保存できる    方法を発見。

・板チョコはイタリア経由でヨーロッパに入り、17世紀にイエズス会とドミニコ会で激しい論争を巻き起こした。

・イエズス会は認める派、ドミニコ会は撲滅派。

・1662年、ブランカッチョ枢機卿の「チョコレートを認める」という文書で、イエズス会の勝利となった。
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修道院のおかげで、チョコレートが食べられるわけ!!
イエズス会が頑張ったわけね。

チョコレート食べると、元気になるよ。
それでは、なぜ、ここまで修道院が食文化を発信することができたのか。
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50・51p要約

修道士は高い語学力(ラテン語やギリシア語)で料理レシピ、メモ、計算書、キッチンの手引書から知識を得ることができ、過去の文献や外国の料理、食文化に精通することができた。
中略

ブドウ畑、穀物畑、菜園、水車、養殖池をもって、自給自足体制は発展して、食文化の極みにたどりついた。

ブルゴーニュ・ワイン

フラスカーティ(イタリアの白ワイン)

じゃがいも、ソラマメ、七面鳥を16世紀にヨーロッパに修道士が伝えた。

ヨーロッパでリンゴを植林し、魚(鯉)を養殖した。

養蜂、果実の品種改良、チーズの開発、健康茶

香水(オードドワレ)

薬草リキュール・ビール
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ヨーロッパ、いや世界をまたにかけて、修道院は食文化における知識の集約と実践の場だったのだ。もちろんグルメもね。
医療についても大きな貢献をしている。
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36・37p要約
ドイツの聖人ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098~1179)は医学、薬草の著作を多数書き、
彼女は幻視者として有名な修道女である。

ちなみに断食は、神秘体験や精神集中を通じてまったく新たな境地に達する王道とされている。
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チョコレートに話を戻すけど・・・・バレンタインのチョコ騒動は大変だよね。

本命とか義理とか、分類しなくちゃならんわけね。
息子さんのいるママたちは、「あんた、いくつもらったの」とチェックが厳しいらしい。

美術品のように美しいチョコは、自分のためのご褒美にするのが一番だぞ。

私はね・・・オレンジピールに半分だけチョコがかかっているのが好き!
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もう一個、蘊蓄がありました。
「メンデルの法則」・・有名ですよね。遺伝の話で必ずでてきます。

実はメンデルも、修道士だったのですよ。

この時代のヨーロッパの修道院が大学と同じように、高度な学習センターの機能を果たしていることがよくわかります。

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