僕の瞳にだけ映るきみ

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「今年の新人はどうだろうな。佐藤、お前どう思う?」

「えっと、どうっすかね、まあ」

「おいおいはっきりしろよ、お前も3年目だぞ。誰がかわいいとかすぐ辞めそうだとかなんかあるだろうよ」

「すいません、俺にはなんとも」

「まったく。まあでも、お前は頑張ってるよ」




まったく。まあでも、お前は頑張ってるよ。
そのセリフまでが石山先輩のお決まり。大抵の話のオチはこれだ。


でも頑張ってる、と言えるかは怪しい。なんだかそう言われても素直に喜べない自分がいる。
新卒で入社してからのこの2年間、辞める勇気も仕事の能力もなく、ただ続けていたら同期はみんないなくなっていた。
だから、「お前は優柔不断だよ」が正しいと思う。うん、俺は本当に優柔不断だ。



石山先輩は俺が新卒で入社したとき教育係だった社会人歴5年上の先輩で、今でもほとんどの仕事をともにする。とはいえ、入社前の会社説明会では、2年目の先輩がメンターとして新卒1人1人についてくれて、悩みに親身に相談に乗ってくれますと言われていた。じゃあなぜ俺の教育係が2年目の先輩ではなく大ベテランの石山先輩かって?そんなの単純。俺の部署には入社当時から誰も残っていなかったから。俺と石山先輩の間の地位の人が。



毎日残業をするのは自分が仕事に不慣れなせいだと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。その証拠に3年目にしてもなお毎日20時過ぎまで働く日々は変わっていない。






「あ、桜」

「ん?あーもうほぼ散ってんなあ。そういやそんな季節だったか」

22時。一軒目で入った居酒屋は毎週のように先輩と訪れる安い酒場。ごちそうさま、と言いながら慣れたようにのれんをくぐる先輩の後ろに続いて店を出る。そして飲み屋街を一本外れた道を歩くとそこは割と綺麗な川のサイドを桜の木が埋め尽くす桜並木だ。酔っ払っているのか、ひらひら舞ってきた桜の花びらを見てつい独り言が漏れていた。そして、ふとまだ新卒だった頃の春を思い出した。





飲み会に慣れず、会社の人に緊張し、いつも居酒屋を出ては「やっと帰れる」なんて思いながらこの道を通った。その時も桜は風に吹かれて散り始めていた。それから2年間、俺は働く以外に何をしていただろうか。





「どうした、感傷に耽ってたか」



お前も若いな、なんてしらけた笑いを吐き出す先輩。



「この2年、季節を感じる暇もなかったなぁと感傷に耽っていました」

「…今日は金曜だし、もう一軒どうだ?
近くに、小さいけどなかなかいいバーを見つけたんだ」

「バー…ですか?」







石山先輩から2軒目を誘われたのは初めてではない。でもザ・体育会系の石山先輩が好むのは安くて旨くて盛り上がる、そんな居酒屋ばかりだったから。小さいけどなかなかいいバーと言われた時、なんだか不思議な感覚がした。

普段の俺なら、バーなんておしゃれなところに俺は似使わないとか、早く帰らせてくれとか思いながらも断れない性格のままついていくのみだ。けれど、この誘いには自然といやな感じがしなくて、うまく説明できないけど直感が拒否していない感覚があって、俺は先輩の半歩後をついて桜並木を歩いていた。







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