僕の瞳にだけ映るきみ

4

それからというもの、俺は石山先輩が一緒でもそうでなくても、週に2、3回ほどそのバーを訪れるようになった。
いつもカウンター席の右端に座り、彼女とたくさん話をした。





例えば、

このバーの名前はciel(シエル)と言って、フランス語で“空”という意味があること。
名付けたのはマスターが空を見上げていたらふと店をやろうと思いついたからだと聞いているけど、マスターのことだからテキトーなこと言ってるだけかもしれないと笑い合った。




彼女の年齢は20歳らしい。大人っぽくもあり子どもっぽくもある、そんな彼女らしいといったら変だけど、その年齢にはしっくりきた。と同時に、その若さで1人で店をやっているすごさも感じる。




あとは、お通しで出される1口サイズのスイーツは彼女がお菓子作りが好きで作っているということ。
もちろん料理もつくるのだけど、仕込みは彼女が店に来る17時より前にマスターが済ませてあり、自分は半分くらいしか手を加えていないのだと。だからお通しがおいしいと言われたら心の中で飛び跳ねているらしい。なんてかわいいのだろう。






そして今日は、金曜日で明日が休みだからといつも以上に残業をしてからバーに向かったのだけれど、
















「…あれ、CLOSE?」














いつものステンドグラスの扉に、CLOSEと書かれた看板が吊り下げられていた。
不定休で特にお知らせとかもしないから、行ってみたら休みだったことがあると石山先輩から聞いてはいたけど、この1ヶ月で俺がそれを経験したのは初めてだった。











風澄さんに会えないのは残念だけど帰るか、と階段をおりようとしたとき、同時に1人の男性が階段を上がってくる。










どこかで見たことのある雰囲気の人のような…?と思っていると、その人と目が合う。
紺とグレーの間のような色味のジャケットをすらっと着こなしていてとても端正な顔立ちなのだけど、







「お、いいところに」







と俺に言って歯を見せて笑うその表情はなんだか若々しく感じる。何を言えばいいかわからず立ち尽くす俺にその人は、ビニール袋を差し出した。








「これ、持ってって」

「え?いや、あの」

「よく来てるでしょこの店に。君なら大丈夫。これ、持っていって」







その自由奔放そうな笑顔と壁を感じさせない人柄に、断れない俺はつい押しに負けてビニール袋を受け取る。中がちらりとみえた。プリンやヨーグルト、ポカリスエットなど、看病に持っていくようなものが色々入っていた。









「持っていくって、あの、どこに」

「この紙に、住所書いてあるから。ここの301号室に行ってみて。じゃあ、よろしく」


「いや、ちょっと!」










断る隙も無く、その男性との会話は終わってしまい、軽々とした足取りで階段を降りていなくなってしまった。
この狭くて割と急な階段をあんな風に降りれるなんて慣れてるのか?なんてなぜか冷静さもあると同時に、突然の頼みにどうしようかと俺は頭を抱えていた。
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