エリートなあなた
あれから「10分過ぎたから行くね!」と笑顔を貼りつけ、食べかけのシフォンをそのままに荷物を持って家を出た私。
コートを着ていても頬とぶつかる風はひどく冷たく、両手に提げた荷物の重みに耐えきれず、気づけば大通りで手を上げて電車を諦めていた。
滑らかに走行する無言のタクシーの中ひとり、車窓から臨む夕暮れ時の東京の街並みを眺めていた。
――移ろいゆく景色を見ていても離れない、リフレインする母からの言葉。
「もちろんママの言うことなんて気にしないで、今を楽しんでくれればいいのよ?
ただ、いずれ真帆にも悩む時が来ると思うわ。その時に思い出して欲しいの…。
あなたが一番大切な物を見失わない選択をしてね?――それだけよ」
私よりも老けた穏やかな顔で、まっすぐな瞳を向けて優しいアドバイスをくれた。
昔から母は結婚を機に、長年の夢であった弁護士の職を周囲が驚くほどあっさり辞めた経緯がある。
業種からして第一線から退いてもなお、結婚・出産後もそのまま続けられたはずなのに。
母にはその選択肢さえ考えず、自分の意志を貫き通してしまったとか。
一挙両得とか不器用な私じゃとても無理だから。笑顔の溢れる、あたたかい家庭づくりを選んだのだと。