エリートなあなた
実際問題――試作部の中でも異例の人事。さらには昨年度、秘書課でも1名の採用枠を獲ってしまった私。
ただし、はっきり彼女に言わなきゃならないことがある――事実とは大きく異なる、と。
秘書課へ配属された1年前。そして今回の試作部へ異動もしかり、そのどれもが寝耳に水だったのだから。
それに男好きというわけじゃない。事実だったら今、好きな人にあっさりアタック出来るのに…。
「この男好き!仕事でも利用するなんて最低…!」
さらに目の奥にツン、と鈍い痛みを覚えた。だけれど、此処で泣いてしまえば、また“女”を利用したと詰られるだけ。
あくまで傍観者を貫く周囲と、謂われのない事実を被せてくる阿野さん。
あまりに滑稽な私は頬を押さえながら、何も言えずに奥歯を噛み締めるだけだ。
「――いい加減にしないか」
その平行線をスパッと切り裂くように突如響いたのは、落ち着きある声音。
たったひと言が、あんなにざわついていた周囲までもを静寂へと変えた。
コツコツ、と早足の革靴音がエントランス方面から聞こえてくる。自然と空いた一角で捉えたのは、いつになくクールな黒岩課長だ。