エリートなあなた
だけれど私もそう言われたことで、我慢できずにとうとう俯いてしまう。
――知られてしまった。もっとも知られたくなかった、黒岩課長に。
「――頬を叩いた。そして色々言われた、そしてこの状況ね、…分かった」
囲んでいた人々は、今さら逃げることも出来なかったのだろう。課長の放つ冷たいオーラに気圧され、辺りはひっそり静まっている。
「吉川さん」と、そこで声がかかった。ビクッと小さく肩が揺れてしまう。
おそるおそる顔を上げる私。途端にダークグレイの目に捉われ、何を言われるのかと固唾を呑んだ。
「吉川さん、それは事実?」
「…ち、がいます。…違います!」
彼らしいシンプルな問いに、ようやく紡ぎ出せた本音。そして、フルフルと勢いよく頭を振った。
ひとつ頷いた課長の目が今度は、相変わらず俯いている阿野さんへ移った。
「では、本人は身に覚えのないことを言ったと、」
「…聞いた、話です」
「それはつまり、噂でしょ?本人が否定している限り、事実と異なると思うよ?」
「…、」
顔を上げることなく呟いていた阿野さんを、課長はあっさり説き伏せていく。
「名誉棄損――この言葉は知ってるよね?
公共の場で悪口を言えば、キミは彼女の名誉を傷つけたことになる。
――もちろん、この場で聞いていた者がのちに面白半分で広めても同じとは思うが、」
最後の一言はゾクリと身震いさせるほど低く、彼には珍しく感じられた。