早河シリーズ第三幕【堕天使】
5月15日(Wed)
放課後の三年生の教室にはまだ数名の生徒が残っていた。莉央の目の前の席に腰掛けた香道なぎさは、帰りのHRで配られた三者面談の日程表を夕焼けの光に透かして見ている。
「莉央は進路どうする?」
「まだ決めてない。なぎさは?」
「私は一応大学に行って語学力上げて、将来は出版関係の仕事に就きたいなぁ。ホームステイもしてみたい」
将来の夢を語るなぎさの横で莉央は曖昧に笑って三者面談の用紙を折り畳んだ。
(なぎさはいいなぁ。やりたいことに向かって真っ直ぐで、自由で)
折り畳まれた三者面談の日程表に視線を落とす。来月の初めに担任教師と生徒と保護者で今後の進路を話し合う三者面談がある。
聖蘭学園の三者面談は毎年6月と1月にあるが、莉央が三者面談を行ったのは一年生の6月の一度きりだった。
一年生の6月はまだ父の祥一が生きていて三者面談も仕事の合間を縫って来てくれた。しかしその年の11月に祥一が死んで以来、莉央の保護者として三者面談に来る者がいなくなってしまった。
樋口家と養子縁組をしていない莉央にとって保護者と呼べる存在は父の祥一だけ。
これまで行われた過去三回の三者面談はいずれも担任教師ではなく、校長と雅子の間でのやりとりだった。莉央の家庭事情は担任教師と校長、理事長にしか知らされていない。
今回も過去三回と同様に校長から雅子に電話連絡するものだと莉央は思っていたのだが、三年生となり進路について話し合う必要があるため、三者面談には必ず保護者に来てほしいと担任教師に懇願された。
(話し合うって言っても来年には直輝さんと結婚することが決められていて、私には進路を選択する自由もない)
大学進学もさせてもらえないこの状況で三者面談で話し合うことは何もない。
(私はこのまま直輝さんと結婚させられる。あの支配欲の強い男と……)
先月の樋口家と相澤家が集まった両家の会食の夜を莉央は忘れられずにいる。相澤の部屋でスパークリングワインを飲んだ後に起きた身体の異変と相澤との一夜は明らかに今までと違っていた。
あの男の満足げな笑みが頭から離れない。
莉央が会食の最中に俊哉を見ていたと指摘した相澤は、あの後もなに食わぬ顔で莉央と会い、莉央を抱いた。
相澤はあの夜以降は俊哉との関係を何も聞かない。聞かれないことが余計に不気味だった。
(直輝さんは私を愛していない。だから私と俊哉お兄さんとのことを知っても関係ないのね)
演劇部の部活に行くなぎさを教室から送り出して莉央はひとりで昇降口に向かう。靴を履いて外に出ると隣の校舎の音楽室からは吹奏楽部の演奏が聴こえた。
あの演奏の中には吹奏楽部の麻衣子のフルートもあるのだろう。
なぎさも麻衣子も、やりたいことを自由にやっている。莉央は二人が羨ましかった。
(三者面談に来てくれる保護者……トメさんはダメなのかな。大人で誰でもいいなら河田さんか峰さんか……運転手の柏木さんか……)
三者面談に来てくれそうな使用人を何人か思い浮かべた。
三者面談は平日。莉央の家庭事情を考慮して面談時間は生徒の帰宅後の夕方になっている。
雅子はこれまでの校長との電話でのやりとりも嫌がっていたくらいだ。彼女は絶対に学校に来てくれない。
長男の宏伸も同じだ。それに宏伸が好きではない莉央は彼に保護者として学校に来てほしくない。
他に保護者として浮かぶのは次男の俊哉。
(平日の夕方なんて俊哉お兄さんまだ仕事してるよね)
放課後の三年生の教室にはまだ数名の生徒が残っていた。莉央の目の前の席に腰掛けた香道なぎさは、帰りのHRで配られた三者面談の日程表を夕焼けの光に透かして見ている。
「莉央は進路どうする?」
「まだ決めてない。なぎさは?」
「私は一応大学に行って語学力上げて、将来は出版関係の仕事に就きたいなぁ。ホームステイもしてみたい」
将来の夢を語るなぎさの横で莉央は曖昧に笑って三者面談の用紙を折り畳んだ。
(なぎさはいいなぁ。やりたいことに向かって真っ直ぐで、自由で)
折り畳まれた三者面談の日程表に視線を落とす。来月の初めに担任教師と生徒と保護者で今後の進路を話し合う三者面談がある。
聖蘭学園の三者面談は毎年6月と1月にあるが、莉央が三者面談を行ったのは一年生の6月の一度きりだった。
一年生の6月はまだ父の祥一が生きていて三者面談も仕事の合間を縫って来てくれた。しかしその年の11月に祥一が死んで以来、莉央の保護者として三者面談に来る者がいなくなってしまった。
樋口家と養子縁組をしていない莉央にとって保護者と呼べる存在は父の祥一だけ。
これまで行われた過去三回の三者面談はいずれも担任教師ではなく、校長と雅子の間でのやりとりだった。莉央の家庭事情は担任教師と校長、理事長にしか知らされていない。
今回も過去三回と同様に校長から雅子に電話連絡するものだと莉央は思っていたのだが、三年生となり進路について話し合う必要があるため、三者面談には必ず保護者に来てほしいと担任教師に懇願された。
(話し合うって言っても来年には直輝さんと結婚することが決められていて、私には進路を選択する自由もない)
大学進学もさせてもらえないこの状況で三者面談で話し合うことは何もない。
(私はこのまま直輝さんと結婚させられる。あの支配欲の強い男と……)
先月の樋口家と相澤家が集まった両家の会食の夜を莉央は忘れられずにいる。相澤の部屋でスパークリングワインを飲んだ後に起きた身体の異変と相澤との一夜は明らかに今までと違っていた。
あの男の満足げな笑みが頭から離れない。
莉央が会食の最中に俊哉を見ていたと指摘した相澤は、あの後もなに食わぬ顔で莉央と会い、莉央を抱いた。
相澤はあの夜以降は俊哉との関係を何も聞かない。聞かれないことが余計に不気味だった。
(直輝さんは私を愛していない。だから私と俊哉お兄さんとのことを知っても関係ないのね)
演劇部の部活に行くなぎさを教室から送り出して莉央はひとりで昇降口に向かう。靴を履いて外に出ると隣の校舎の音楽室からは吹奏楽部の演奏が聴こえた。
あの演奏の中には吹奏楽部の麻衣子のフルートもあるのだろう。
なぎさも麻衣子も、やりたいことを自由にやっている。莉央は二人が羨ましかった。
(三者面談に来てくれる保護者……トメさんはダメなのかな。大人で誰でもいいなら河田さんか峰さんか……運転手の柏木さんか……)
三者面談に来てくれそうな使用人を何人か思い浮かべた。
三者面談は平日。莉央の家庭事情を考慮して面談時間は生徒の帰宅後の夕方になっている。
雅子はこれまでの校長との電話でのやりとりも嫌がっていたくらいだ。彼女は絶対に学校に来てくれない。
長男の宏伸も同じだ。それに宏伸が好きではない莉央は彼に保護者として学校に来てほしくない。
他に保護者として浮かぶのは次男の俊哉。
(平日の夕方なんて俊哉お兄さんまだ仕事してるよね)